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【連載小説】金をする男と愛をはく女【第十八話】

第十八話 突撃!アイドルのご御飯


 淳平さんの話によると今日はメンバーの二人と食事会をするということで、メンバーの寮に行っているらしい。到着した寮を見るとお世辞にも綺麗だとは言えないボロアパートだった。

「ここですか?」

「ああ、無名の事務所の地下アイドルの家ってのは所詮こんなものだよ」

「いえ…下積みの大変さを感じます」

俺はよくわからないフォローをいれつつ、現実を感じた。

「ああ、とりあえず電話を掛けているんだが出る気配はない」

「そうですか…」

「ああ、部屋の電気が付いているから居るとは思うが」

いきなり部屋に行くのもおかしいので俺達はとりあえず様子を伺いつつ車の中で待機することにした。静寂の車内に電子音が鳴り響いた。みんな一斉に反応したが、電子音の持ち主は悟だった。

「すいません…」

「ああ、悟くんのか…でないのかい?」

「友達からなんで…」

「ああ、友達ならってわけにはいかないだろ。急用かもしれないし、ここでしゃべりにくいなら降りて話したらどうだい?」

「はい…ちょっと失礼します…」

悟は車から降りると目立たないようになのか、隠れるように座りながら電話に出たみたいだ。悟が車から降りると静かに淳平さんが話だした。

「妹のことは前に少し話したよね」

俺は美来が淳平さんの妹だということが解ってから、正直ストーカーの正体だとかには興味が無かった。

「そうですね…華子の友達で…」

俺は美来の心配よりも華子のことで知っていることを聞きたいという気持ちが勝ってしまっていた。

「ああ、そうだね。少しだけ妹の話をしようか」

俺は黙って聞いていた。

「俺と妹は年が離れていることもあって、子供の頃は特に喧嘩をすることもなく過ごしていた。変化があったのは君に話したあの事件からだった。今思えば俺は妹のことを心配するあまり口うるさい頑固親父みたいになっていたんだと思う。それからは些細なことで口論するようになってしまった」

「そうなんですね…」

「ああ、アイドル活動も真っ先に反対したのは俺だったんだが、妹は余計に力をいれ始めだした」

「でも…悟の話だと地下アイドルとしてのなかでは大成功の道に進んでいるとか…」

「ああ、一応メジャーデビューの方向で話は進んでいるみたいなんだが」

「…なら良かったんじゃないですか?」

ガチャっと勢いよく車の扉が開くと、悟が慌ただしく口を動かした。

「あ、あの…今あの部屋からだと思うんですけど…ばんって何かを叩くような音が…」

悟の報告を受けると車の窓を開け、部屋の方へと耳をかたむけ物音に集中する。

ドンッ

バンッ

くぁwせdrftgyふじこlp

確かに大きな物音となにかを叫んでいる声のようなものが聴こえてきた。

「淳平さん、俺も聴こえました」

「ああ、みんな聴いたな…行くしかないな」

俺達は部屋の前まで行くと、やはり中から口論しているような声が聴こえる。チャイムを押すが反応はない。

「美来!居るんだろ!大丈夫か!」

冷静沈着なイメージの淳平さんが大きな声とともに強く扉を叩く姿に、俺はこれから起こることが最悪な形になってしまうのではと思ってしまった。

ガチャッ

扉が勢いよく開く。扉を開いたのは金髪ゆるふわパーマの夢葉 叶ゆめは かなうだった。玄関の先に見える部屋には、美来と黒髪ロングの前尾 雀まえお すすめが立ち上がりお互いを見合っていた。

「私は大丈夫だから!」

美来は俺達のほうをちらっと見るとそう叫んだ。状況がよくわからない俺達はその場で固まっていた。
脳の処理が追い付かないのか時間の感覚がおかしく感じる。

「どういう状況なんだ?!」

淳平さんが玄関を上がり、部屋へと進もうとすると悟が美来がいる部屋へと一直線に走り出した。

「お、おい悟!」

俺が悟の行動を理解するのに、ほんの僅かな時間しか掛からなかった。黒髪ロングの清楚な女の子には全く似合わない包丁を持っているのが見えた。

「お前もイラつくけど、てめえは誰だ?」

似合わない包丁だと思ったが、どすの効いた声と睨み付ける目は外見を吹っ飛ばすほどの迫力だった。

「お、俺は美来ちゃんのふ、ふぁ、ふぁんだ」

息が肺から漏れてるんじゃないかと思うぐらいの不安定な声で悟は答えた。

「その持ってるものを下ろせ!」

淳平さんが叫びながら近づこうとすると、夢葉 叶ゆめは かなうが両手で抱きつき近づかせないようにした。

「何してるんだ?!離せ!」

「離しません」

にたぁと笑いながら両手を離さない彼女に俺は狂気を感じた。何故か取り押さえられている淳平さんに、黒髪ロングの清楚系どす声包丁女に睨みをきかされてる美来と悟。
あれ?俺だけフリー?俺がなんとかするしかないのか。俺はこの状況を打破しようと考えていたのだが、最悪なことは起こってしまった。

「みんな冷静になって!」

美来が叫ぶが、その言葉がスタートの合図のようになってしまった。

「ほんとになんなんだよお前は!もうやってらんねぇよ!」

包丁を持った手をぎゅっと握り直す。

「れ、冷静になりまひょ」

緊張感と恐怖のせいか悟は語尾がおかしくなっていた。そのひょうきんな言葉をおもしろおかしく突っ込むことはなく、逆に彼女のイラつきを最大限にしてしまった。

「キモオタは黙ってろや!」

美来を目掛け包丁を付きだす。

「やめろ!」

俺はドラマとかは見ないけど、ドラマチックなことを想像することはある。中二的な妄想だとテロリストが教室にきたらどうするだとか、そんなくだらないことだ。そんなピンチを間一髪助けるヒーローのようなことを想像し、いざとなればやれるだろうと。

「うっ…」

ばたっ

「はっ?なにしてくれちゃってるの?キモオタ」

美来を庇い床に崩れ落ちた悟は苦悶の表情を浮かべていた。

「悟!!」

現実は妄想や想像とは全く違うということは当然解っている。解っているがこんなにも脆いもので、こんなにも無力だったのか。そして俺はこんなにも臆病者だったのか。刺された悟を見ても俺は名前を叫ぶだけで、一歩が出なかった。

「推しの為なら死ねるってか?カッコいいねー」

苦しむ悟に信じられない言葉を吐き捨てる。

「お…推しの為に死ねる…なんて…そんな…お、おれはただ…好きな子を守りたい…ただそれだけ…」

言葉がどんどん弱っていくのがわかる。

「あっそ、キモ」

その言葉に俺はキレた。俺の足に纏わりついていた重りがとれるのがわかった。

「お前は許さねぇぞ」

俺は初めて暴力を使おうと決心した。

「ちょっと!ほんとにみんな一回冷静になろうよ」

美来が叫ぶとそれに続いて後ろからも声が聞こえる。

「ああ、そうだな」

振り向くと何かを悟ったかのような表情で俺を見つめている淳平さんは、まだ夢葉 叶(ゆめは かなう)に捕まっていた。相変わらずにたにたしている。

「冷静にって!………」

そこで俺は違和感に気付いた。

続く

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