見出し画像

時計の針が止まった日

実家の母から、
「姉が生まれる前から使っていた時計が壊れたので買い換える」という旨の連絡が入った。

今まで時計が止まることに対して、特に強い思いを抱くことなんかなかったのに急に心が揺さぶられた。

壊れた時計は置き型で、物心がついた頃からずっとテレビの左隣に置いてあった。
テレビは何度か変わったが、テレビ台と時計は変わることなくずっとリビングのど真ん中にいた。

幼い頃から慣れ親しんだテレビが変わる時もダイニングテーブルが変わる時もソファーが変わる時も、新しくなって嬉しい!次はどんなのを買うんだろう!というワクワクが大きかったはず。

でもこの時計は違った。

画像1

2枚のシールの違和感。
小学校から帰って1人でお留守番をする私に、毎週火曜日の習い事に出かける時間を告げる大切な印。

14時50分

家から歩いて5分かかるかかからないくらいのピアノ教室。15時のクラスが私の番で、14時のクラスでレッスンを受けている人がいたので早く行きすぎても遅れてもいけない。通い始めた当初、時計が読めない私にとってはドキドキのミッション。

正直ピアノは嫌いだったし、レッスン直前に練習するほどの勤勉さは持ち合わせていない。練習していかないから先生も怖い、でも絶対的な強制力でサボる選択肢もないので、テレビを見ながら3分に一度くらいは時計の針とシールの位置を指差ししながら念入りに確認していた。


このシールを貼ってもらった時のことを今でもはっきりと覚えている。

母と姉が時計と睨めっこして何やら話している。どうやらレッスンの時間と私の歩くスピードについて話しているようだ。

可愛いシールをまだ持っていなかった私に、姉が自分のシールをあげると言ってこの中から選んでいいよ、どれがいい?とシール台紙を見せてくれた。

姉の持つもの全てに憧れを抱いていた私にとって、それはそれは特別な出来事だった。

姉は青色が好き。それもなんだかかっこよくて、いいよと言われたシールたちの中でとびきり姉らしくて可愛いものを選ぼうと、青くてキラキラしているひよことおばけのシールを選んだ。ひよこのコテンと首を傾げた姿が可愛くて気に入っていたので、最終的によく見なければいけない重要な方につけてもらった。

この2枚のシールのおかげで、私は遅刻することなく嫌いなピアノのレッスンを受けることができた。

ピアノ教室の思い出

時計の話とは逸れるが、私が受けていたクラスの次のクラスは姉の番だった。姉と一緒に帰るためピアノが置いてある部屋のダイニングテーブルで姉のピアノを聞きながら1時間待たせてもらっていた。

その間やることといえば、今日のレッスンノートに貼るシールを何分もかけて1枚選び抜くこと。(本来なら次の人が来るまでに一瞬で選ばなくてらならない。)ずっと狙っていたものや、新しく先生が用意してくれたもの、人気がなくてずっと残っているもの、すごく気になっているけど練習してなくて怒られたのに選んでいいのか?と不安になって毎回選び損ねる他よりちょっとだけ大きなもの…何度もページを行ったり来たりしながら真剣に選んだ。

シールを貼った後は、先生がたまに淹れてくれる温かい紅茶をちびちびと飲んだ。テーブルの上の角砂糖の容器から角砂糖を2つゲットするべく、どのタイミングでどれくらいのスピードで手を伸ばそうか機会を見計らっているうちに紅茶は大体冷める。冷めると角砂糖が全然溶けないということはここで学んだ。人生において大切な教訓だ。たまーに「あれ、お砂糖いいの?ミルクもいる?」とたまたま席を立った先生が助け舟を出してくれることもあった。よかったね。

先生の家には毛が長くてちょっと大きい猫が1匹いた。レッスン中リビングの扉は閉めていても、繋がったキッチンから入ってくる。猫は大好きだが先生の家で緊張もしていたので、毎回偶然を装ってこっそり撫でたりレッスンバッグや床に届かない私の脚にスリスリとする姿を見てニヤニヤしたりしていた。

練習をもっとちゃんとしてテンポ良くレッスンが進んでいれば、もっと堂々と大きなシールを選んで好きなだけ紅茶に角砂糖を入れて、椅子から降りて猫を撫でられていたのかもしれないが、どうだろう。

ピアノには厳しかったが、基本的には優しい先生だった。大人になってから久々に見かけた時に先生の方から声をかけてくれたが私が教室を辞めてから10年以上経っているのに名前もサラッと呼んでくれて、愛のある人だな、と少し感動した。

時計の読み方を学んだ後

小学校で時計の読み方を習ってからは、文字盤に貼られた2枚のシールは誰にも必要とされなくなった。3時より前だとしても2:50には短い針が限りなく3に近くなる理由も知ったし、1日のうちにシールが教える時間が2回来ること、もう一回は大体お目にかかれないことも知った。

時計が読めるようになっても勝手に剥がしてはいけない気がしてなんとなく放置している間に、貼ってあることも忘れるほど2枚のシールは風景に溶け込んでいった。

今回この時計が壊れたので捨てますと報告が来た時に私がこのシールの話をしたら、姉もシールをあげた時のことをよく覚えていると言って、母はそれを聞いて捨てないでおこうかな…と言った。
父は、自分の大切なもの(物をとても大切にする人。思い入れがあって買った物や古い物とか特に。こないだは、亡くなった祖父の懐中時計を修理に出したらしい。一緒に入った喫茶店で「俺しか貰い手がいないでしょ。古くてパーツがなかったから、いい時計が新しく買えるほど高額だった」とソフトクリームを食べながら笑っていた。)にシールを貼るとかそういうことを嫌がりそうだけど、当時反対しなかったのかな。それを知っているから、私たち姉妹によって勝手にシールが貼られたタンスとか壁とかが我が家には全くない。よく分からない。

家族みんなが剥がせなかったし、剥がさなかった。

もし2枚の青いシールが貼られていなければ「随分長く使ったね。壊れたなら買い換えたら?」とすんなり手離せていたかもしれない。

家庭の中の捨てられない物

いま夫と住んでいるこの家には、ここから何十年も使い続けて捨てる時に躊躇うようなものはあるか見渡してみる。どうだろう、あまり思いつかないな。もともと(父に似て)持ち物にはなんでも魂を持たせてしまうタチなので簡単には物を捨てられないんだけど、断捨離にハマって急に捨てたり手離したりするから分からない。

意を決してお財布を開けて買ったもの
子どもの思い出が重なったもの
なにかの記念に買ったもの

そういう思い出が詰まったものをこれから見つけたり手に入れたりして、壊れるまで大切にしていきたいな、と思う。

そんなことを考えさせてくれる、我が家の大切な時計の話でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?