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整体について話しています

昨日はインスタライブの日でした


 昨日はインスタライブの日でした。このインスタライブは相方さんの提案で、もっと整体のことを知ってもらいたいということで始めました。相方さんがメインのものですが、一応ぼくもゲストとして毎回参加させていただいています。


 整体というと痛い場所、腰だったら腰をボキボキバキバキするものではないか?と思われがちなんですけど、そういったものばかりではなく、身体や人間をどのように観ているのかをお知らせできたら、という趣旨のもののようです。

 ですので、思った以上にマニアックな話なのですが、ぼくは楽しく話させていただいています。

 相方さんの思いばかりではなく、ぼく自身も整体というのは誤解されている部分もまだまだあるなぁと感じていますので、お話しできる機会を相方さんがくださって、とてもうれしく思います。


整体という言葉から受けるイメージ


 とある会員さまからご紹介いただいた方。まだ連絡もいただいていない状態ですし、ご新規さまとも言えない状態の方。

 「とても腰が痛い」らしい。

 ご本人曰く「坐骨神経痛」らしい、とのことでした。


 「ご紹介したい」ということでしたので、ありがたくご拝命いたしました。とはいえ、ご連絡がないとどうすることもできません。

 しばらく待っておりましたら、「病院に行ってから、連絡なさるそうです」と。「腰が痛くて仕方ないのに、これでひねりでもされたら動けなくなるから。病院に行って少しマシになったら連絡します」ということのようです。

 紹介しようとしてくださった会員さまは「そのようなことはされないと思いますよ」とお答えいただいたそうですが、いやはや言葉から連想されるイメージというのはこわいものだなと思いました。


ほんとうの意味は違うんです、といくら言っても通じない

 人が作り、人が使い、伝えていくのが言葉ですから「ほんとうの意味は違うんです」といくら言っても使う人と受け取る人が共有しているイメージがあるとそのように伝わってしまう。

 

 筋肉を整える、骨のゆがみを整えるというのが整体なのだとしたら、人間の身体を機械のように観ているだけ。

 こわれた部品を取り換えるように、こわれた部分を修理するだけ。


 言葉の持つイメージがその人の持つイメージだとしたら、自分自身を機械のごとく捉えているとは言えないだろうか?

 整体は間違いなく人間を観ています。そういったことがお話している内容です。


 ちなみに昨日の話題は「食べすぎ」。「食べすぎ」の原因もさまざまあります。そこから人間の「過ぎる」行動とそれにまつわる身体の症状などをお話しました。どうして人間はちょうどいいところでやめることができず、やりすぎちゃうんでしょうね?


 本日もお読みいただき、ありがとうございます。

読んでくださってありがとうございます。とてもうれしいです。