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成瀬巳喜男『あらくれ』~高峰秀子の男を変え移動する女の逞しさ

成瀬巳喜男の映画の登場人物たちは、彷徨い歩き移動することが多い。代表作の『浮雲』がまさに戦時中の仏領インドシナ、焼け跡の東京、伊香保温泉、屋久島と彷徨い続ける男女の話だが、この『あらくれ』の高峰秀子も男を次々と変えながら、東京~東北~再び東京へと移動する。『乱れ雲』も運命に翻弄されながら彷徨い、『乱れる』は山形の故郷へ帰る列車の旅に男が付いてくる。『流れる』は東京の置屋の話だが、彼女たちも結局は同じ場所にいられなくなり、川向こうへと移動せざるを得ない話だし、『めし』も大阪と東京を行き来する話だ。つまり、一つのところに安住できない女たちが多いのだ。男に、運命に、時代(社会)に翻弄されながら、あちこち移動する。幸せや安定を得られずに、移動する羽目になる。この映画では、働き者の高峰秀子は歩くだけではなく、自転車にも乗って駆け回る。

タイトルにあるようにこの映画の高峰秀子は暴れん坊だ。とにかく気性の激しい女で、男とケンカをし続ける。しかも取っ組み合いのケンカであり、叩かれても叩き返す激しさ。階段から落とされ流産し、酔って屏風を壊し、男に馬乗りになって引っぱたき、噛みつき、爪を立て、ホースで水をかけ、物を投げてガラスを割る。最後は夫の浮気相手の女の家に乗り込んで、叩くわ蹴るわ、箒を奪い合っての大乱闘。女はたまらず庭から逃げ出していく。

最後の雨がまたいい。『浮雲』でも最後に屋久島で雨が降っていたが、ここでは大乱闘後に雨が降り出し、高峰秀子が傘を買いに店に入り、自分の店に電話をかけて、「ヒゲダルマ」の夫(加東大介)が帰らぬうちに使用人(仲代達矢が若い!)と独立しようと出て行く約束をする逞しさ。高峰秀子が雨の中、傘をさして歩いて行く後姿で映画は終わる。

成瀬巳喜男ではおなじみのダメ男たちが次々と登場するが、森雅之は『浮雲』の繰り返しだ。優しい男の森雅之は、ここでもグダグダと別れた後も高峰秀子のいる東京までやってきて、逢引きを繰り返す。今回は森雅之が先に死んでしまい、お金を借りていた高峰秀子はお墓参りに来て、「これでいいでしょ」と墓に声をかけるシーンがいい。一人目は浮気ばかりしている上原謙、二人目が病気の妻が不在の間に関係が出来てしまう森雅之。カメラからフレームアウトしてキスを迫り、屋根の雪がドサーっと落ちてくる場面も名シーンだ。東京で洋装店を二人で始める加東大介は、少し余裕が出来ると怠けてばかり。走り回って働き詰めの高峰秀子は、イライラしっぱなし。夫が外に女を囲っていたことを知って、最後の大乱闘になるのだ。

金魚売りや甘酒売りなど路地には物売りの声や拍子木の音が聞こえ、ミシンの音が生きていく力を表現している。志村喬がスケベなオヤジ役で出ている。

グダグダくっついたり離れたりと、行き詰まっていく関係のメロドラマが多い成瀬巳喜男の映画にあって、高峰秀子のハッキリした強いキャラクターが、男を乗り越えて逞しく生き抜いていく女性の異色な映画になっている。


1957年製作/121分/日本配給:東宝
監督:成瀬巳喜男
原作:徳田秋声
脚本:水木洋子
製作:田中友幸
撮影:玉井正夫
照明:岸田九一郎
録音:三上長七郎
美術:河東安英
編集:大井英史
音楽:斎藤一郎
キャスト:高峰秀子、森雅之、加東大介、上原謙、三浦光子、志村喬、仲代達矢

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