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溝口健二の『赤線地帯』の群像劇

©KADOKAWA1956

赤線や娼婦たちを描いた映画は多い。同じ溝口健二は『夜の女たち』(1948年)という作品もあるし、神代辰巳の『赤線玉の井 ぬけられます』(1974年)、川島雄三の『洲崎パラダイス赤信号』(1956年)、鈴木清順ほか『肉体の門』も娼婦たちの映画だった。

この作品の宮川一夫のカメラは縦構図の画面が印象的だ。赤線地帯の店が建ち並ぶセットの冒頭の路地。あるいは館の中の廊下。息子に別れを告げられるゆめ子は、縦構図の画面奥の道へと息子が走り出す後ろ姿を見送る。その後、館で狂って歌い出す場面も、館の中の太鼓橋を使いながら縦の動きを使っているし、若尾文子が「妻になってくれ」と男から金を巻き上げて殺されそうになって逃げる場面も、廊下の縦構図の動きを使っている。手前のこっちの世界と向こう側の世間、あっちの世界。その動線の使い方が見事だ。

黛敏郎のテルミンのような弦楽器の不安を駆り立てる現代音楽がオープニングから使われ、ややとっつきづらい印象で始まるが、内容はいたって分かりやすい娼婦たち群像劇だ。それぞれの人物ドラマになっており、個的にキャラクターが描き分けられている。各エピソードもテンポ良く語られ、観客を飽きさせない。会話のテンポが良く、特に大阪娘の京マチ子(ミッキー)が明るく天真爛漫に娼婦たちの沈んだ悲しみを掻き回している。男たちを騙して金を巻き上げる若尾文子(やすみ)の銭ゲバぶりも凄まじいし、病気の夫と子供の面倒を見る貧乏暮らしの所帯じみたハナエ(木暮実千代)、田舎から子供が出て来て、やっと会えたのに子供に棄てられるゆめ子(三益愛子)など、売春防止法成立前後の将来への不安を抱える娼婦たち。そんな時代を生きる女たちの群像劇として楽しめる。溝口健二の演出力が冴え渡っている。これが遺作だそうだ。


1956年製作/85分/日本
配給:大映
監督:溝口健二
脚本:成澤昌茂
撮影:宮川一夫
音楽:黛敏郎
製作:永田雅一
録音:長谷川光雄
美術:水谷浩
照明:伊藤幸夫
キャスト:若尾文子、三益愛子、町田博子、京マチ子、木暮実千代、川上康子、進藤英太郎、沢村貞子、浦辺粂子、春本富士夫

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