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テレビドラマ『海のはじまり』の丁寧な重なり(反復)の描写

ゆっくりとした時間が流れ、丁寧に人物たちのそれぞれのドラマが描写されていく贅沢な時間。事件、医療、法廷ものなど生と死をめぐる刺激と展開と
特異なキャラクターばかりが求められる民放ドラマにあって、日常を丁寧に
描く貴重な価値あるドラマだ。

思えば『いちばん好きな花』でも、脚本家の生方美久は人間関係に不器用な若者たちの「居場所をめぐる」ドラマを作り、大きな事件や出来事を描かなくても、それぞれの気持ちを丁寧に追うだけの現代ドラマを成立させていた。『Silent』で、耳が不自由になってしまった青年の過去と現在のせつない恋愛を描くドラマを大ヒットさせて以来、生方美久はこのスタイルが認められたということだろう。プロデューサーの村瀬健と風間大樹ほかAOI Pro.の制作陣との信頼関係が出来上がっているのも大きい。この夏クールドラマで、ひと際輝いているドラマであるのは間違いない。繰り返されるシンプルなピアノのメロディ、得田真裕 の音楽も効果的だ。

さてこの『海のはじまり』であるが、若い男女が家族をどう作っていくのか、という物語になっている。つき合っていた彼氏に黙って子供を産み、母子家庭として育てようとして病気で死んでしまう水季(古川琴音)とその子供の存在を彼女の葬式で知った元カレ氏、月岡夏(目黒蓮)とその現在の彼女の弥生(有村架純)などの戸惑いと葛藤を、6歳の少女の海(泉谷星奈)を中心に描いているドラマだ。

いわゆる死んでしまった水季とその娘の海をめぐる三角関係とも言え、村上春樹の『ノルウェイの森』(死んだ親友とその彼女の直子とワタナベ)などを思い出したりもする。水季を演じる古川琴音の圧倒的な存在感が、このドラマを魅力的なものにしている。死んでしまったものは最強なのだ。誰もがその水季の思い出を抱えながら生きてゆく。ドラマの中で、度々描かれる水季と夏の恋(「鳩サブレー」や海辺の思い出)、水季と海の母娘の想い出(海辺や部屋)、それは母親である大竹しのぶにも、生きている間にいろいろと母子の面倒を見た津野くん(池松壮亮)にも、不在としての古川琴音が強く心に刻み付けられている。

さらに子役の海を演じる 泉谷星奈の芸達者ぶりがさらにこのドラマを引き立てている。あんなに健気で明るく屈折していない天使のような少女は存在するのか?と疑問も無いわけではないが、まわりの大人たちの困惑をよそに、真っすぐに自分の思いを夏くんにぶつけている。そして弥生や津野くんといったまわりの大人たちにも、気を遣いながら「そばにいてほしい」という純粋な思いをぶつけている。

このドラマが素晴らしいのは、主人公たちに限定したドラマではなく、登場人物たちそれぞれのドラマとしてちゃんと描いているところだろう。有村架純演じる弥生を単なる受け身として描くのではなく、彼女自身が抱えているトラウマ(堕胎の罪意識)を描きつつ、コーヒーのノンカフェインの注文を変えるディテール描写など、母になることへの諦めと海の面倒を見て母になりたい自分勝手な思いに気づく葛藤を描いているし、母の大竹しのぶと娘(古川琴音)の確執を描きつつ、「私、お母さん出来ます」という顔をしていた弥生(有村架純)への複雑な思いも描いていた。

また第5話(7月29日放送)では、登場人物のそれぞれの父と母への思いが重ねて描かれた。夏(目黒蓮)の母・西田尚美の思いや、再婚した連れ子である夏の弟の大和(木戸大聖)の実の母への思い、夏の離婚した実の父への思い、「親を好きではない」と言う弥生(有村架純)の親子関係も描いている。海にとっては、死んだママの古川琴音がいて、「パパはいつ始まるの?」と問う目黒蓮がいて、パパではない池松壮亮がいて、ママではない有村架純がいる。血が繋がる親子とそうではない親子的な関係、そして大竹しのぶと利重剛の祖父母と、西田尚美と林泰文の祖父母。様々な家族の形があり、それぞれの思いを丁寧に描いているのだ。

5話の中で、まだ家族に海のことを伝えていない夏(目黒蓮)に対して、大竹しのぶが手をピシャリと叩き、彼女の有村架純が同じように手をピシャリと叩く。その動作の反復の演出が丁寧だ。それは第3話の「鳩サブレー」の重複(古川琴音と目黒蓮のお土産)や、同じ第5話の校庭に引かれた白い線の上を歩く海と水季の親子の動作の重なりなどでも描かれている。海辺の夏と水季の思い出が、そのまま夏と海の描写に重なり、部屋での明かりを消す過去の水季のアクションが現在の夏のアクションとつながる。あるいは娘の髪を編むアクション。そのような重なりの演出こそが、このドラマの奥行きを深いものにしている。これからの展開も楽しみなドラマだ。

キャスト 
月岡夏:目黒蓮
百瀬弥生:有村架純
南雲海:泉谷星奈
月岡大和:木戸大聖
南雲水季:古川琴音
津野晴明:池松壮亮
南雲朱音:大竹しのぶ

スタッフ
脚本:生方美久
演出:風間太樹 / 髙野舞 / ジョン・ウンヒ
音楽:得田真裕
主題歌:back number 「新しい恋人達に」

放送情報
フジテレビ系 2024年7月1日(月)スタート 毎週月曜 21:00~21:54

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