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テレビドラマ『いちばんすきな花』感想~「やさしさを求める時代」の居場所づくり

画像©フジテレビ

今の「やさしい時代」を映すドラマだった。いや「やさしさを求める時代」だ。「波風立てない」、「いさかいを極力避ける」人間関係。無理して人間関係は合わせてばかりいるから居場所がない。逆に言えば、それだけ息苦しい時代なのかもしれない。「同じ」であることが大事で「孤立」を恐れる時代。春木椿( 松下洸平 )は、会社では「いい人」を演じ続けているが、喫煙所の知らない人だからこそ本音で話ができる、二度と行かない美容室だからこそ饒舌になれる不器用な男の人だ。彼がこのドラマの「やさしさ」を最も体現しており、それぞれ人間関係に不器用な3人、潮ゆくえ(多部未華子)、 深雪夜々(今田美桜)、 佐藤紅葉(神尾楓珠)を「家」でやさしく受け入れていく。

このドラマは「居場所をめぐる」ドラマだと言える。つまり「家」「帰る場所」が人には必要だということだ。潮ゆくえ(多部未華子)にとっては、赤田(仲野太賀)とのカラオケルームが居場所だった。恋人ではなく、友達関係。それが赤田の結婚、妻の嫉妬によって、男女の友情が認められないと言われ、カラオケルームの居場所を失う。

美人であるがゆえに、いつも得していると思われてしまう 夜々(今田美桜)もまた小さい頃から居場所がなかった。母親(斉藤由貴)は夜々に「女の子らしさ」を押し付け、娘を所有していた。母親の「言いなり」になっていた夜々。

合コンにイケメン枠で女の子をナンパするために呼ばれる紅葉( 神尾楓珠 )は、友達が多いと思われていたが、本当は一人も友達はいなかった。友達のいない男の子に話しかけては、孤独な自分を埋め合わせていた。絵を描くことだけが得意だった紅葉は、美鳥先生(田中麗奈)の補習を一人で受けている教室だけが居場所となった。美鳥先生は、紅葉の取り繕うだけの本音を見抜いていたのだ。美鳥先生との補習の時に、答案用紙の裏に絵の落書きをした紅葉。そこに「満開の桜」を書き加えて返す美鳥。「満開の桜」は、美鳥先生の教室の最後のシーンにつながっていく。

美鳥は、4人それぞれとつながっていた。 4人という単位ではなく、2人という単位。人との関係はそれぞれだ。家でDVも受けていた美鳥は、同級生の椿の花屋の家が居場所になった。椿と将棋をし、椿の母親(美保純)に料理を教えてもらった。 椿もまた美鳥の理想の「家の絵」を持っていた。美鳥は「理想のおうち」で子供たちの「居場所」を作りたかった。「理想のおうち」で塾をやるのが一番の夢なのだった。

4人が集まるようになった椿の「家」は、4人の「居場所」になった。2人の関係の居場所ではなく、4人の「居場所」。そしてその家は美鳥の「理想のおうち」に引き継がれていった。

第7話の「志木美鳥ちゃん」をめぐる4人の印象が全く違うという回が秀逸だった。夜々は、子供の絵本の「間違い探し」に疑問を持つ。どっちが間違い?どっちが正解?。その「間違い探し」のテーマが「志木美鳥ちゃん」という共通の人物を巡って、それぞれの印象の違いに4人が戸惑う。どれが本当の「美鳥ちゃん」?どの美鳥ちゃんが「間違い」で、どの美鳥ちゃんが「正解」なの?次第にそのどれもが美鳥ちゃんで、どれもが「正解」だということがわかってくる。「間違い」も「正解」もないのだ。人は多面的なのだ。不機嫌で怒りっぽかったときも、やさしかった時もある。いろんな顔があるのだ。

この「同じ」と「違う」ということが、「居場所」とも関わってくる。「同じ」ように苦手なものを共有する4人は、同じ「居場所」を獲得した。それでもみんな「同じ」じゃない。みんな「違う」。「同じ」じゃなくていいこと、「違う」けれどそれでもいいこと。「好きなもの」が違っていても、「嫌いなもの」が違っていても、人はそれぞれをどう認め合えるか?という物語だ。そうやって「居場所」を作っていく。人と人とが時間を積み重ねて「居場所」を作っていけるか。恋人でも友達でもどっちでもいい。「優先順位なんかない」というゆくえは、その時、自分にとって大切なものを優先する。理解しえない人と人とのトラブルや諍いを描くのがドラマだが、その諍いを避けてきた人たちが避難所のように集まり、それぞれの自分の本音に向き合おうとするドラマだ。4人にとって「家」じゃなくても、居場所はどこでもできるようになった。その4人の「やさしさ」と「共有」が視聴者は居心地よく感じられた。男女の恋愛ドラマに発展しなくても、4人の友達関係だけでドラマが成立しているところが現代的だ。

クラスの教室に入れなかった女の子・白鳥玉季と、クラスメイトの黒川想矢が「保健室」と「塾」という居場所を見つけられたこともまたこのドラマの幸福感を増幅させている。失恋は描いたが、これだけ若い男女を登場させて恋愛をまったく描かなくてもドラマが成立させられることをこのドラマは見事に示した。

脚本:生方美久
音楽:得田真裕
主題歌:藤井 風「花」
プロデュース:村瀬健
演出:高野舞
キャスト:松下洸平、多部未華子、今田美桜、神尾楓珠、仲野太賀、齋藤飛鳥、臼田あさ美、斉藤由貴、白鳥玉季、黒川想矢、一ノ瀬楓、田辺桃子、泉澤祐希、田中麗奈
制作・著作:フジテレビ 
2023年10月~12月 木曜夜10時枠放送

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