映画『ベルイマン島にて』創作と現実、フィクションが現実に重なっていく

フランスの女性監督ミア・ハンセン=ラブ。『あの夏の子供たち』(09)がとても好きなすべき映画だった。それでイザベル・ユペール主演の『未来よ こんにちは』(16)も見た。久しぶりに見た彼女の映画は、イングマール・ベルイマン監督が数々のロケをして自らも暮らしたフォーレ島(バルト海のゴットランド島北端の小さな島)を舞台に、映画監督のカップルが映画の脚本づくりのためにやってきたというストーリー。ミア・ハンセン=ラブはオリビエ・アサイヤス監督のパートナーだったことでも知られている。映画監督同士のカップルという異例な設定は、本人とアサイヤス監督との関係を連想させる。

イングマール・ベルイマンはこの島で1961年の『鏡の中にある如く』、『仮面/ペルソナ』(66)、『狼の時刻』(68)、『恥』(68)など6本の劇映画と2本のドキュメンタリーを撮ったそうだ。ミア・ハンセン=ラブは、ベルイマンに尊敬と敬意を示しつつ、彼のような陰鬱な映画にはしていない。ベルイマンは密室的な閉ざされた空間をよく描いていたが、この映画は海が開放的な歓びのシーンとして使われている。北欧の柔らかな光と海と木々。自然豊かで落ち着いた静かな島として描かれている。

島という土地空間には、海に閉ざされた閉鎖性と隔絶された特異な時間性というものが感じられる。アイルランドの小さな島を舞台にした最近の映画『イニシェリン島の精霊』も島の閉鎖性をうまく使った独特の人間関係の世界を作っていた。この映画は、イングマール・ベルイマンの精霊が島に宿っているような力を感じつつ、創造の苦悩とともに自己の過去・現在・未来と向き合うような自由自在な時間が描かれる。島は人を解放させもすれば、孤独にもするし、自分と向き合う内省的な時間を作り出す。

トニー(ティム・ロス)はすでに映画監督として名声を獲得している初老の男だが、クリス( ヴィッキー・クリープス)はまだ映画監督として経験が浅いようだ。歳の差もある。ティム・ロスはなかなか渋いイイ男になった。「ベルイマン・エステート・オン・フォーレ」財団が所有する施設をアーティストなどに開放し、滞在しながら創作活動ができるというシステムを利用して、二人は島にやってきた。ベルイマン好きがこの島に集まってくる。一方で地元の人には「ベルイマンの家など知らない」という素っ気ない感じの人もいる。庶民と芸術の格差も皮肉られている。

二人が寝泊まりする場所は、クリスは風車小屋で寝起きし、トニーの部屋と距離をとる。お互いの創作活動の邪魔をしないように、窓からお互いの存在が確認出来るような距離。そんなアーティスト同士のカップルは、仲が悪いわけではない。それでも、どこか停滞感もあるようだ。ベルイマンゆかりの場所をバスで巡るベルイマン・サファリを一緒に行く約束をしていたのに、クリスはすっぽかして若い青年と出会う。そして、その彼に島内を案内してもらってデートを楽しんだりもする。トニーがいない間にクリスが見た彼のノートは、SM的な倒錯したセックスの書き込みなどがあり、穏やかで紳士的な振る舞いのトニーの脳内は、クリスと言えども伺い知れない。しかし、クリスがトニーの前で薄着で肌を露出させても、自分に関心を示さないトニーに性的な不満も抱えているようだ。そんな不満を物語にも投影させる。

一人の時間と向き合う中で、クリスは自らの映画の脚本づくりに行き詰まり、トニーに映画になるかどうか、物語の結末を相談する。しかし、トニーは話を聞いていてもどこかうわの空だ。クリスがその物語を語りだすともに、もう一つの物語、映画内映画が始まる。クリスの分身である女性映画監督エイミー(ミア・ワシコウスカ)が、昔の恋人ヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)と親友の結婚式で再会する話だ。一度目は早過ぎた出会い、二度目は遅すぎた出会い。そして三度目の再会。エイミーのヨセフへの思いがせつなく描かれる。この島で行われる友人の結婚パーティー。既に別の男性との子供を産んだエイミーだが、ヨセフへの断ちがたい思いを自分で映画にもしており、クリスの脚本づくりとも重なっていく。

人生と映画、現実とフィクション。創造と苦悩。物語の結末と恋にも行き詰まったクリス=エイミーを救ってくれたのは、現実の娘の存在だった。トニーが島に娘を連れてくるのだ。最後の方で、映画内映画と現実が重なり、クリスはエイミーとなり、フィクションのヨセフも現実に登場してくる。6人の女性との間に9人の子供を作ったイングマール・ベルイマン。ベルイマンは家庭を顧みず、ひたすら映画作りに没頭した。そのことにクリスは異議を唱える。この島で芸術に人生を捧げ、実生活を犠牲にして、男と女のと苦悩を描き続けたイングマール・ベルイマン。その偉大な映画監督とは別の形で、実生活と創造の間で揺れながら映画作りをするミア・ハンセン=ラブ自身の姿が正直にそのまま描かれている。


2021年製作/113分/G/フランス・ベルギー・ドイツ・スウェーデン合作原題:Bergman Island
配給:キノフィルムズ
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
製作:シャルル・ジリベール、ホドリゴ・テイシェイラ
撮影:ドニ・ルノワール
衣装:ジュディット・ドゥ・リュズ
編集:マリオン・モニエ
キャスト:ヴィッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエル、スティーグ・ビョークマン、メリンダ・キナマン、アルビン・グレンホルム、ゲイブ・クリンガー

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?