映画『イニシェリン島の精霊』~昨日の友が敵になる

『スリー・ビルボード』が面白かったマーティン・マクドナー監督の新作ということで映画館に駆けつけた。2022年・第79回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門でマーティン・マクドナーが脚本賞、コリン・ファレルがポルピ杯(最優秀男優賞)をそれぞれ受賞している。

ある意味ネタバレにもなるかと思うので、観てから読まれることをオススメする。

これはアイルランド人の両親のもとロンドンで生まれたマーティン・マクドナー監督が、自らの出自である祖国アイルランドへの思いを込めて描いた比喩的でストイックな映画である。1923年、アイルランドの架空の島イニシェリン島が舞台。アラン諸島で最大のイニシュモア島で撮影されたらしい。絶海の孤島、寂しく何もない小島で質素に暮らす人たちの生活が描かれる。海の向こうのアイルランド本国では、アイルランド内戦が繰り広げられており、大砲などの戦火の音が聞こえてくる。ケネス・プラナーの『ベルファスト』という1969年のアイルランド紛争を描いたある家族の映画を最近見たばかりだったが、この映画もまた同じ民族同士で戦っている内戦が比喩的に扱われている。20世紀初頭、イギリスから独立してアイルランド自由国を設立したのに、北と南、プロテスタントとカトリックで内戦を繰り広げていた混乱と愚かさを、架空の島での二人の男の対立を通じて描いている。

パードリック(コリン・ファレル)は、優しく人が良く、小さな畑と馬たちとロバを飼って、妹シボーン(ケリー・コンドン)と暮らしている。彼は親友のコルム(ブレンダン・グリーソン)といつも島でただ一つのパブでビールを飲み、他愛もない会話をしながら何の不満もなく暮らしていた。ところがある日突然、コルムから「もう俺に話しかけるな」と絶交を言い渡される。「お前の話は退屈なんだ。俺は残りの人生の時間を無駄にしたくない。バイオリンでの作曲など有意義に大切に使いたいんだ」と言われてしまう。コルムの言っている意味が理解できないパードリックは弱り果て、混乱し、コルムに何度も問い詰める。コルムはパードリックよりも10歳以上も年上で初老の男。人生の残り少ない時間を考えるのはよく分かるのだが、あまりにも突然な友への通告。しかも、「これ以上俺に話しかけるのなら、俺は自らバイオリンを弾く指を切り落とす」とまで宣言する。このコルムの変化や頑なさはなかなか理解しづらい。芸術志向のコルムは「人の優しさなんてすぐに忘れられてしまう。音楽は時代を超えて残るんだ」と、パードリックに言い放つ。パードリックは、自分には分からない音楽を楽しみパードリックを無視するコルムの仕打ちに耐えられなくなっていく。

この中年男と初老男の狭い島での諍いをなんのために描いたかと言えば、明らかにアイルランド内戦の比喩であろう。昨日まで友だった男たちが、ある日突然争う敵となり、戦う相手となる。その内戦の理不尽さ。自らの肉体を傷つけ、策略を弄し、友の家を焼き払ってしまう。仲良く、近くにいる存在であればあるほど、争いは遺恨を残し、キッカケがないと終わらなくなる。家族内の争いもそうだが、近親憎悪は感情が絡まり、複雑化し、厄介なものになる。かつてはイギリスが共通の敵で分かりやすかったのに、今ではどっちがどっちなのかよく分からないと、島の者たちも呟いていた。同じ民族同士で争うことの愚かさ。今もまた、ロシアとウクライナとの近しい民族同士の戦争が終わらない。

精霊の予言者的なおばあさんが登場したり、少し知的障害のあるドミニク(バリー・コーガン)や妹のシボーン(ケリー・コンドン)の孤独も描かれており、閉鎖的な島での息苦しさと孤立感が人々を追い詰めていく。晴れない曇天の空と鉛色の海、断崖と細い狭い道。そして動物たち。二人の役者も好演している。ドミニクの父親の高圧的な警官や噂と詮索好きな店のおばちゃんも効果的。人間関係の歯車が狂うと、小さな狭き世界は八方塞がりになっていく。ただ、やや比喩的すぎて面白味はない。ストイックすぎる作りになっている。

パードリックが飼っていたロバが可愛い。愛らしく寂しそうな目がなんとも言えない存在感だった。

この記事が参加している募集

#映画感想文

68,930件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?