映画『長江哀歌(エレジー)』ジャ・ジャンクーが描く変わりゆく中国に翻弄される人びとの戸惑い

以前に映画館で見た記憶はあるのだが、すっかり忘れてしまったので見直した。かつてのレビュー(『長江哀歌』)は簡単にしか書いていない。この作品は、ジャ・ジャンク-が『プラットホーム』(2000)、『青の稲妻』(02)、『世界』(04)に続いて撮った作品。2006年ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。

ジャ・ジャンク-らしい大河のようなゆったりとした作品。彼の映画では川がよく出てくる。のちの『山河ノスタルジア』(15)もそうだが、中国の変わらぬ大いなる自然の流れとでも呼ぶべきものが、大河に象徴されている。船が長江を下っていき、李白の詩が紹介される美しい緑の大河は、変わらぬ中国の大いなる自然そのものだ。紙幣にも刷り込まれている変わらぬ雄大な景観。

ジャ・ジャンク-は、経済発展とともに変わりゆく中国、特に地方都市の急激な変化とその変化に翻弄され戸惑う人々を一貫して描いている。毛沢東のプロパガンダ劇から自由主義経済への変化、天安門事件、北京オリンピック開催決定ニュース、「世界公園」でつながる中国と世界。つねに背景には中国の社会的・経済的変化がある。そしてこの映画では、町がダムの底に沈み、町そのものが消滅するダム建設の国家プロジェクトが進行している。ビルや家屋はつねに解体工事が行われている。

ダム建設によって水没することが決まっている三峡の街。16年前に別れた妻子を探しに山西省から奉節にやってきた炭鉱夫サンミン(ハン・サンミン)は、かつて妻が住んでいた場所がすでに水没してしまったことを知って愕然とする。ランニング姿のサンミンが、ランニング姿のバイクの兄ちゃんに案内され、川のほとりに立つ。サンミンはヤオメイ(マー・リーチェン)という妻の名を何度も口にしながら、妻の行方を捜す。そして一目、娘に会いたいと告げる。まもなく水の底に沈む町で貧しく暮らす人々。上半身が裸の男たち。解体工事に携わりながらサンミンは、妻がこの町に戻って来るのを待つ。「タバコ」「酒」「茶」「糖(アメ)」と、見知らぬ人々が関わり合うキッカケになるモノたちが「章立て」で展開されるが、それらのモノたちによる交流は機能しているようでもあり、もはや機能しなくなっているギスギスした関係にもなっている。

その妻を探す男の話から一転、今度は夫を探す女の話に転換する。流行歌を度々劇中で使用するジャ・ジャンクー監督だが、この映画でも少年に船の上で流行歌を歌わせたり、携帯の着メロや町で流行歌が流れていたりする。流行歌は庶民とともにある。夫を探す女はジャ・ジャンク-のミューズ、チャオ・タオだ。シェン・ホンという女性は、山西省から奉節に仕事に出て行った夫が2年間音信不通で、その夫を探しにやってきた。男と女、それぞれパートナーを探す旅が続く。それもまた中国の急激な変化が背景にあるからだ。

シェン・ホンは夫の戦友(ワン・ホンウェイ)を探し出し、彼を頼りに夫の会社など行方を探すが、携帯でも連絡がとれずなかなか会えない。夫はビジネス的な成功をおさめ、オーナーの女性と男女の関係にあるという噂も聞く。やっと夫(リー・チュウビン)と再会したシェン・ホンは、夫に離婚話を切り出す。「好きな男ができた」と嘘をついて。川にかかる巨大な橋を照らすライトアップされた光景が出てくるが、『世界』でも描かれた虚飾に満ちた煌びやかさだ。ジャ・ジャンク-がいつも使うダンスの躍動で人々の感情を描いていたが、この巨大な橋で踊るカップルは、どこか形式的で空々しい。シェン・ホンも夫に踊ることを誘われるが、すぐにやめてしまう。

最後は再びサンミンの妻探しの物語に戻り、妻とようやく再会する。サンミンは妻を山西に連れて帰りたいと言うが、「兄の借金を返せ」と要求され、「1年待ってくれ」と伝える。仕事仲間と酒を酌み交わし、山西に戻っていくサンミン。見上げると、高いビルの間に張られた一本のロープを綱渡りしている男が映し出される。

映画では何回か幻想的な映像が挿入される。UFOのような光の移動、廃墟となったビルがロケットのように空に向かって飛び立つ場面、あるいは高層ビルが突然崩れるイメージ。最後の綱渡りも含めて、世界があやふやで変わらぬ強固なものではないことが示唆されている。何が起きても不思議ではない。そんなことを感じさせる幻想的な遊びだろう。 『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファの真似をする若い男(チョウ・リン)も出てくる。その男は解体工事の瓦礫の中で死んでしまう。舟で運ばれていく死体。川は死をも飲み込む。最後に、アメやタバコや酒をふるまって共有する裸の労働者たちの姿が描かれ、そんな人々のつながりに希望が見える。

時代の変化とその変化に翻弄される人々を、酒やタバコやお茶やアメといった日常的なささやかなモノたちと大きな大河に飲み込まれる町との対比で描いているところは流石だ。

2006年製作/113分/中国原題:Still Life
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
製作総指揮:チョウ・キョン、タン・ボー、レン・チョンルン
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:リン・チャン
キャスト:チャオ・タオ、ハン・サンミン、ワン・ホンウェイ、リー・チュウビン、マー・リーチェン、チョウ・リン

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?