ジャ・ジャンクーの映画『世界』における中国の繁栄の表と裏

このところジャ・ジャンクー作品を続けて見ている。中国の時代の変化の中での文化劇団の青春群像を描いた『プラットホーム』では、長回しの固定カメラへの強いこだわりがあった。地方都市における2人の若者の自由への渇望と苛立ちを描いた『青の稲妻』でも、バイクや自転車の運動や演出に独特のこだわりを見せていたジャ・ジャンクー。いずれも若者たちの存在が初々しく、時代の変化に翻弄される姿を距離を持って見つめた演出に好感が持てた。そして、この『世界』は、ジャ・ジャンクーの映像世界の成熟度が感じられるような気がする。特徴のある撮り方でカメラの存在を意識させるこれまでの方法を取らずに、オーソドックスな演出法でじっくりと人物を見つめている。

北京郊外に出来たテーマパーク「世界公園」が舞台だ。北京にいながらにして世界を旅することが出来るという公園だ。パリのエッフェル塔や凱旋門、イタリアのピザの斜塔、ロンドンのビック・ベンやロンドン橋、エジプトのピラミッドなど、世界の名所がミニチュアで再現されている。その公園の舞台でダンサーをして働くタオを、『プラットホーム』や『青の稲妻』に続いてチャン・タオがまたしても演じている。『青の稲妻』では蝶のような自由な振る舞いのダンサーだったが、この映画では「世界公園」の外に出られず世界に飛び立つことが出来ないダンサーを演じている。キャビンアテンダントに扮して、恋人のタイシェン(チェン・タイシェン)に「外に連れ出して。ここにいるとおかしくなっちゃう」と懇願する場面がある。タオが空を飛ぶアニメも出てくる。この映画では、時々アニメーションが挿入されるポップな演出がなされているのだ。

タオの元恋人の男性が最初に登場し、ウランバートルへと旅立って行くのを恋人タイシェンと二人で空港に見送る場面がまずある。そしてタオがこの「世界公園」で知り合ったロシア人ダンサーのアンナは、この場所から出てホステスに仕事を変え、さらに妹が暮らすウランバートルへとまたしても旅立っていく。空を見上げる飛行機に乗って。タオにとって飛行機など無縁なものなのだ。「世界公園」と言う名前の偽物の世界に閉じ込められているタオと、パスポートを持って世界を動き回る人たち。タオは金持ちの男に店で口説かれ、海外に連れ出すと誘われるが、彼女はそんな男の誘いには応じない。あくまでも恋人タイシェンとの現実と未来を見つめている。

一方恋人のタイシェンは、タオを求めつつも受け入れてもらえず、同郷の先輩に紹介されるチュンという女性に惹かれていく。チュンは、偽物ブランド品の服を作って売る商売をしているのだが、夫がパリにいるのだという。そんなチュンもまたビザが取れると、タイシェンの元から離れパリへと旅立っていく。

華やかな衣装と煌びやかなステージと対照的な裏側の楽屋やさびれた廊下、寮の部屋の貧相な作り。ダンサーたちの貧しい暮らしがある。恋人のタイシェンは公園の警備の仕事をしているのだが、闇仕事の先輩のところに出入りしてフラフラしている。警備の仲間で楽屋のダンサーのバッグから金を盗む男もいる。ハリボテのような見せかけの豪華な「世界」と貧しい過酷な現実。田舎から出稼ぎで建設現場で働いていたタイシェンの同郷の男が事故死してしまう。田舎と都市の格差。事故死した家族が田舎から出てきて補償金をもらう場面が生々しい。ジャ・ジャンクーには珍しい男の不意のバストショット。

そんな「世界公園」のなかで、どこへも行けないカップル。二人は少しずつすれ違っていく。友人の結婚パーティーで、偶然タイシェンの携帯メールを見てしまったことで、彼の浮気を知るタオ。新婚旅行に行った友人の部屋に閉じ籠ってしまう。そんなタオを心配してやってくるタイシェンだか、彼の問いかけにタオは何も答えない。二人は翌朝、一酸化炭素中毒で倒れて発見されるところで終わる。二人が死んでしまったのか、そこから新しい人生が始まるのか、映画の結末はハッキリしない。

経済発展と共に変わりゆく中国、「世界公園」という見せかけのテーマパーク。そんな偽物の「世界」に閉じ込められて希望を持てないカップルの停滞と鬱屈が描かれている。

『プラットホーム』で描かれた毛沢東のプロパガンダの文化劇団の素朴なステージやロック音楽の陳腐なダンスステージではなく、この『世界』で描かれたステージは、国家と経済が結びついた見かけ上は煌びやかな豪華なものに変化したということだ。しかし、その裏側には価値観の変化に戸惑う人々かいる。

2004年製作/133分/日本・フランス・中国合作
原題:The World
配給:オフィス北野、ビターズ・エンド
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
製作総指揮:森昌行
製作:吉田多喜男、市山尚三
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:リン・チャン
美術:ウー・リーチョン
キャスト:チャン・タオ、チェン・タイシェン、ワン・ホンウェイ、ジン・ジュエ、チャン・チョンウェイ、シャン・ワン

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