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映画『大いなる不在』近浦啓~知られざる父を息子が辿る旅~

画像(C)2023 CREATPS

父(藤竜也)が認知症になって息子が25年ぶりに再会するという物語。息子役は森山未來。息子は役者という設定で冒頭は舞台で稽古をしている場面から始まる。森山未來の顔が舞台に大写しになっており、その前で崩れ落ちるような奇妙な動きをしながら、虚構と現実の間を行き来するように演じている役者の息子。そして次の場面はある家を取り囲む警察。何か事件があり突入しようとするサスペンス的な展開。そこへ背広姿の藤竜也が鞄を抱えて玄関から現れる。まさに劇映画、フィクションのような一場面。観客は何か事件なのかと思うが、どうやら認知症を患った藤竜也の妄想から引き起こした出来事だったようだ。老人ホームのようなロビーで、息子と父は25年ぶりに対面する。大学教授だった藤竜也は知的な言語を駆使しながら話す。自分が海外に拉致監禁されたような妄想を抱いており、息子との会話は噛み合わない。そして父の再婚相手の母(原日出子)は今どこにいるのか?と問いただすが、彼女の行方は分からない。父に何が起きたのか?父と会わなかった25年という時間は、父にとってどういう時間だったのか?何も分からなくなってしまった認知症の父と会い、父の持ち物である鞄の中の物を探り、メモ用紙があちこちに貼り付けられている実家で過ごすなかで、その不在の父の姿を息子が探っていく。

つまり認知症というフィクション(虚構)に囚われてしまった父の姿と老いた現実の姿があり、役者である息子はその狭間で、父の再婚相手とのかつての熱烈な恋を、昔の手紙や義母の日記を読むことによって、父の心のうちにあったものを辿ろうとする。それは虚構と現実の間を行き来する役者の振るまいそのもののようでもある。実家で過ごしていると、義母の原日出子の息子(三浦誠己)が突然訪ねてきて、父への苦情を言い、義母の入院費を要求される。父は義母に何をしたのか?映画では、25年前に義母の原日出子と父の藤竜也が暮らしていた実家に森山未來が会いに行ったときのこと、森山未來の婚約者の真木よう子を紹介するために東京へ父が来たときのこと、そして認知症を患い始めて原日出子との間に諍いが起き、原日出子が突然倒れ、彼女の妹役の神野三鈴が父の面倒を見るようになったことなどが、過去から現在まで時間を辿るようにして描かれていく。

父からのラブレターを貼り付けてある義母の日記には、好きだったにもかかわらず別の女性と結婚し、のない家庭を築いて子供(自分)もできてしまった頃に、お互いに家庭を持ちながら、惹かれ合っていった二人のが綴られていた。自分たち家族を捨ててという幻想に囚われていたかつての父、認知症という妄想の世界に囚われてしまった現在の父。そして息子である自分にはいつも厳しく接していた過去の思い出としての知的な父。自分にとって不在となった父が、自分の知らないところでどんな人生を生きたのか、それを知ろうとすることは、ひとつの妄想の旅に出るようなことなのかもしれない。

森山未來は、北九州の実家にしばらく滞在していた妻の真木よう子を空港まで送ったあとに、義母の実家がある熊本へ行き、義理の妹(神野三鈴)を訪ねる。義母の日記を彼女に返そうと思ったのだが、突き返されてしまう。そして、妻とスマホでやり取りしながら、海辺で父のの手紙を暗唱するのだ。それはまさに舞台での演劇の一場面のようだ。海に向かって何本もの電柱が立っている不思議な映像がある。調べてみると、熊本の長部田海床路 (ながべたかいしょうろ)というところで、沖合いの海苔の養殖網群へ向けて、コンクリート製の道が干潮時に出現し、満潮時は海中から電信柱だけが突き出て見えたりするらしい。

※サントラ音楽CDの画像
 タイトル:大いなる不在 GREAT ABSENCEアーティスト:koji itoyama
      価格:2,970円(税込) ジャンル:サウンドトラック   
発売元:ランブリング・レコーズ

近浦啓という監督は初めて知った。
2018年、『コンプリシティ/優しい共犯』で長編映画監督としてデビュー。2023年、長編第2作『大いなる不在(英題:GREAT ABSENCE)』が完成し、第48回トロント国際映画祭、第71回サン・セバスティアン国際映画祭、共にコンペティション部門にノミネートされる。サン・セバスティアン国際映画祭では、最優秀俳優賞(藤竜也)、アテネオ・ギプスコアノ賞のダブル受賞を果たす。翌年2024年、USプレミア上映の第67回サンフランシスコ国際映画祭では、長編実写映画コンペティションの最高賞であるグローバル・ビジョンアワードを受賞。(公式HPより)。

撮影監督は、『誰も知らない』をはじめ是枝裕和監督の多くの作品の撮影を担当している山崎裕氏。藤竜也と森山未來の父と息子の役者同士のやり取りが微妙な緊張感があって良かった。

2023年製作/133分/G/日本
配給:ギャガ

監督:近浦啓
脚本:近浦啓、熊野桂太
プロデューサー:近浦啓、堀池みほ
撮影監督:山崎裕
録音:森英司、弥栄裕樹
美術:中村三五
編集:近浦啓
音楽:糸山晃司
エンディングテーマ:佐野元春&THE COYOTE BAND
キャスト:森山未來、藤竜也、真木よう子、原日出子、三浦誠己、神野三鈴、利重剛、塚原大助、市原佐都子

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