北海道の厳しい自然と人間が対峙する小説『鯨の岬』河﨑秋子

北海道の別海町出身、酪農を営む実家で働き、羊飼いになる。『颶風の王』(2015年)で三浦綾子文学賞を受賞。2019年、『肉弾』で第21回大藪春彦賞受賞。十勝管内の街に移住し専業作家となる。2020年、『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞受賞。北海道の元羊飼いの女性作家であることは知っていたが、小説は文庫本「鯨の岬」を手に取って初めて読んだ。驚いた。寡黙ながら奥深い味わいがある。厳しい自然と人間との対峙をしっかりと描ける作家なのだ。

「鯨の岬」は、札幌に住む専業主婦・奈津子が、認知症を患う母の介護のために月に1回、釧路に日帰りをしていた。孫に「どうして本読むの?」と聞かれ、「そりゃ、いろんなこと知れるからね。そうしたら、生きていく役に立つし」と答えたら、「もう、おばぁちゃんなのに?」と悪意もなく言われた。自分の残り時間はあと何年なのか?自分の中の空洞を埋めるように、奈津子は本を読み続けていた。そして、釧路への旅の途中で、昔住んでいた町・霧多布を訪ねることによって、過去に封印していた記憶がよみがえるという話だ。捕鯨の解体工場があった町。腐った鯨の腹が腐敗して爆発する映像が、臭いの記憶とともに過去の別の忌まわしき過去が焙り出されてくる。忘れられ封印された過去が、日常がらふと逸脱した旅によって浮かび上がる過程がスリリングだ。

もう一つの収録されていた「東陬遺事」という小説も見事だ。幕府の役人として、東蝦夷の野付に赴任した平左衛門と、土地の人間たちの物語だ。土地の女たづ、その幼い娘のりん、たづの弟の下働きの弥輔。姉弟の父は、二人が幼いころに氷原で凍って死んだ。過酷な北の自然の中で暮らす人間たち。逃げ出した馬を救おうとして氷原に落ちた弥輔は、鷲や鷹に目玉や顔を食われ、遺体となって発見される。厳しい自然の沈黙の中で、人間の強さと弱さ、無念さと希望が描かれる。他の作品も読んでみたい作家だ。

桜木紫乃の解説によると、彼女は「鯨以外の哺乳類は、すべて絞めることができます」と話していたとか。肝の座っている方のようです。

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