映画『流浪の月』~人は見たいようにしか見ない

『フラガール』(2006年)『悪人』(2010年)『許されざる者』(2013年)『怒り』(2016年)など、原作もの、事件サスペンスものなど、哀しく訳アリ背景を持っている人物像を丁寧に描いてきた印象のある李相日(リ・サンイル)監督の2022年作品。

ややまったりと重い空気が全体を漂っており、全体に長かった印象。広瀬すずが女の子から女性へと変身を遂げるべく、がんばっている。だが、明るい溌溂とした印象の強い彼女が、この役をやるにはまだフリ切れていない感じもする。何を考えているのかわからない元誘拐犯でロリコン変態野郎というレッテルを貼られた松坂桃李は好演しているし、婚約者の広瀬すずを失いそうになって暴力をふるうダメ男の横浜流星もなかなかいい。

少女を誘拐したとされる過去の事件、更紗(白鳥玉季)と文(松坂桃李)の描写と現在の更紗(広瀬すず)と彼氏の亮(横浜流星)の生活が並行して描かれ、次第にあの少女が今の広瀬すずであることが分かって来る。更紗が言うように「人は自分の見たいようにしか見ない」。たとえ少女誘拐事件として世間を騒がせた出来事だとしても、誘拐犯と被害者とされる青年と少女の二人の関係が本当のところどうだったのかは、二人にしかわからない。外部の人間たちは既成の価値観の枠に押し込めようとするだけだ。卑劣な変態野郎と可哀そうな少女という図式。しかし更紗は何度も亮に「私、そんなに可哀そうな女の子じゃないよ」と言う。思い込みを排して、人と向き合うことはなんと難しいことか。善でも悪でもない、どちらとも言えない曖昧さがそのまま描かれる。自分でも自分のことが分からない。人から誤解されるようなこともしてしまう人間の弱さと不確かさ。それが優しさなのか残酷さなのか、二人にもわからない。

雨、白いカーテンと光、湖の水、月などが印象的に描かれ、二人の心理を闇の中から静かに浮き上がらせている。 ベランダの使い方も良かった。撮影監督のホン・ギョンピョは、『バーニング』、『パラサイト 半地下の家族』を撮っているカメラマンだ。

2022年製作/150分/G/日本配給:ギャガ
監督・脚本:李相日
原作:凪良ゆう
製作総指揮:宇野康秀
製作エグゼクティブ:依田巽
製作:森田篤
プロデューサー:朴木浩美
撮影監督:ホン・ギョンピョ
照明:中村裕樹
美術:種田陽平、川深幸
編集:今井剛
音楽:原摩利彦
音楽プロデューサー:杉田寿宏
キャスト:広瀬すず、松坂桃李、横浜流星、多部未華子、趣里、三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、内田也哉子、柄本明

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