ドラマ「ユーミンストーリーズ」第3週『春よ、来い』(NHK)が素晴らしいクオリティだった
画像©NHK
うまく言葉にできないようなドラマや映画が好きだ。うまく物語を語れないもの、言葉にできないもの、そういうドラマや映画の方が表現が豊かだということだ。単純な言葉で要約できるようなものは、その程度のものだ。いくら言葉を尽くしても、その映像の魅力は伝えきれないようなものこそ魅力的なドラマであり、映画である。それでもその良さをなんとか言葉で伝えようとしたくなる。そういう魅力あるドラマに出会った。ユーミンストーリーズ、第3週『春よ、来い』だ。とにかくキャスティングが素晴らしい。
演出は映画『僕はイエス様が嫌い』などの若手監督の奥山大史。そして、原作の川上弘美さんの魅力がこのドラマには詰まっている。
「あれ」の力を授かった一族の物語だと書いたら、とてつもなく突飛なSFか時代劇のような気もがするだろう。「あれ」の力は、自分たちの身の回りや自分の利益のために使ってはならない、世界を変えるような大きなことにも使ってはならないというルールがある。そのへんの設定は、原作者の川上弘美らしい非現実的なシュールな感じがあるが、ドラマの描写はいたって現実的でリアルなものだ。「あれ」の力を大げさな奇跡のように描かない。実際に本当に「あれ」によって何か現実が変わったのかさえ定かではない。一生のうち一度しか使えない「あれ」を何に使うか、悩んでいる親子がいる。脳梗塞かなにかで半身が不自由になった田中哲司と東京の仕事を休んで介護のために郷里に帰ってきた息子の池松壮亮。田中哲司は、「兵器を作っている世界の軍事産業を壊滅させたい」とか突拍子もないことを言い出すが、「そういう大きなことはダメだって自分で言ってたじゃない」と池松壮亮にたしなめられる。池松壮亮は「あれ」そのものの力を疑っている。
一方、宮崎あおいの母(田畑智子)は、離婚して出て行った夫の奥さんへの嫉妬と呪いのために「あれ」を使ってしまい、後悔して死んでいった。夫の奥さんは仕事で絵が描けなくなり、病気で死んでしまったのだ。「あなたは「あれ」の使い方を間違えてはダメよ」と母は娘の宮崎あおいに言う。宮崎あおいは、幸せって何だろう?といつも考えていたが、分からない。
「あれ」というのはなんだろう?単なる迷信?それとも本当のマジカルな力?勝手な思い込み?なんだか分からないものだ。だけど、誰にでも何かに願うこと、祈ること、どうにもならないことを何とかして欲しいと思う気持ちはある。このドラマの面白いところは、自分のために「あれ」を使うのではなく、自分とは関係のない「他者」のために「あれ」を使うところだ。自己利益や自分の損得のためなら、誰にでも考えられる。誰もが自分の幸福を願っているからだ。しかし、本当の幸福とは何だろう?と宮崎あおいは考え続けている。
身体が不自由なペンション経営者の田中哲司は、全くよく知りもしない女子高生のために最後に「あれ」を使う。静かであっちの世界に行ってしまっているような影の薄い女子高生。学校でいじめに遭っていた白鳥玉季が、朝ペンションのベッドで目覚め、カーテンに太陽の光が「息をしているように」美しいと見つめ、「わたし、なんだか大丈夫のような気がする」とつぶやく場面が奇跡のようで美しい。叔母に当たる小野花梨が、彼女のために桜の木の下で佇む家族のスノードームをプレゼントする。
宮崎あおいは、彼氏となった岡山天音とともに海から昇る朝日を見つめる。母が使った「あれ」は、決して呪いとして父の再婚相手を不幸にしていなかったことを確かめ、母の呪いの後悔を解く。本当の幸福とは何だろう?と考え続けていた宮崎あおいは、他人の幸福を願うことこそが、自分の幸福なのだと気づくのだ。海から昇る朝日の光、そしてユーミンの「春よ、来い」の歌とともに桜の花びらが海辺に佇む白鳥玉季の上に舞うラスト。なんだか、とても清々しい気分になれたドラマだった。
身近で大切な人に先立たれた家族のそれぞれが、一緒に暮らしている3人もいい。「死んじゃったみんなからの贈り物」だと言う小野花梨。みんな、死者たちとともに生きている。きたろう、小野花梨、そして白鳥玉季。透き通った孤独な寂しさを抱えている白鳥玉季はいつも素晴らしい。イジメられる役ばかりで可哀そうになるが、こういう役をやると彼女以上に存在感がある美しい役者はいない。それぞれ関係のない3組の家族やカップルのそれぞれの物語でありながら、とても美しい「春を願う」ドラマになっている。
【放送】NHK総合 2024年3月18日(月)〜21日(木) 夜10:45〜11:00(各話15分・全4回)
【原作】川上弘美「Yuming Tribute Stories」より
【演出】奥山大史
【脚本】澤井香織
【音楽】青葉市子
【出演】宮﨑あおい 池松壮亮 白鳥玉季 小野花梨 岡山天音 田中哲司 ほか
ユーミンストーリーズ第1週「青春のリグレット」(綿矢りさ原作/岨手由貴子脚本/菊地健雄演出)も良かった。どうしようもないモヤモヤを抱えた過去を表現している夏帆がなんとも素晴らしかった。夏帆は何か問題を抱えている女性を演じるのが本当に上手い。
このところのNHKのドラマの質が高い。ちょっと前に放送した『お別れホスピタル』(原作:沖田×華/脚本:安達奈緒子/岸井ゆきの、松山ケンイチほか)も素晴らしいドラマだったし、大河ドラマの『光る君へ』(大石静脚本)も毎週楽しく見ている。
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