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沖田修一監督の自主制作映画『おーい!どんちゃん』~映画作りの原点の楽しさ

(C)沖田修一

札幌のクリエイティブスタジオで行われた「シネマシリーズ-6 映画へと導く映画」というイベンで岨手由貴子監督が選び上映された沖田修一監督の自主制作映画『おーい!どんちゃん』。「どんちゃん」とは沖田修一監督の愛娘で、生後半年(2014年)からカメラを回し始めて、セリフを喋る3歳半ぐらい(2017年)まで撮り続けたという自主映画だ。当日のイベントには沖田修一監督も駆けつけて、岨手由貴子監督と一緒に映画の舞台裏の話までしてくれた。

映画公開の当ても何もないまま、娘が生まれたので映画を作り始めたという個人映画である。もちろん結末も決めていないし、ストーリーも最初の方の設定があるだけ。売れない俳優の男の子3人が共同生活しているときに、一人の男の子の元彼女が、赤ちゃんを家の前に置いて行った…。それで若い男3人がアタフタと赤ちゃんを育てていくという物語だ。その赤ちゃんを勝手に「どんちゃん」と名付けて、友達カップルも巻き込みながら、悪戦苦闘していく姿は微笑ましく笑えるコメディになっている。

ある種のドキュメンタリーであり、沖田監督は撮りながら脚本を書き加え、ワークショップで出会った若い俳優たちを呼び寄せ、撮影を少しづつ続けていったそうだ。ロケ地になった家も沖田監督の自宅であり、まさに公私混同的な映画だ。

3年かけて撮影した時間の積み重ね、どんちゃんの成長がこの映画の面白さになっている。フィクションでありながらもドキュメンタリー。『6才のボクが、大人になるまで。』リチャード・リンクレイター監督が12年かけて撮影した映画があったが、子供の成長の時間の積み重ねのリアルさは、大きな映像の力になる。『北の国から』の純と蛍の成長を吉岡秀隆と中島朋子の成長と重ねて見た共有体験も同じだ。

岨手由貴子監督がこの映画に惹かれたのも、映画作りの原点のようなものがここにはあるからだと言う。映画を撮りながら少しずつ完成させていく面白さ。撮り始めたときは、何も決まっていなくて、未知のものへと向かっていくワクワク感。世界と出会っていく自分の記録。当然、有名な俳優は時間的な制約があるのでなかなか使えないが、沖田監督の仲間的な俳優たちが客演のようにして登場している(宇野祥平、黒田大輔、山中崇)のも楽しい。 この映画の手作り感は、映像そのものから、作る楽しさとか、なんだか温かいジワッとしたものが伝わってくるのだ。

「伏線とそれを回収すること」が最近ドラマ作りの流行りになっていると岨手監督は指摘していた。『心の旅』のモナも『どんちゃん』も、主人公の気持ちに踏み込まない。心情を語らない。ありがちなわかりやすい物語に回収されることなく、行き当たりばったりのリアル感がこの映画の魅力だ。沖田修一監督も、あえてその伏線回収のありがちな物語から「ズラすこと」を常々心がけているという。沖田監督の映画は、そのズレが楽しい。緻密に構成された物語とは違う「はみ出していく」面白さ、余白や脱線がある面白さ。映画の魅力は、ストーリーを理解することでも、わかりやすい感動を与えることでも、メッセージを伝えることでもない。映像そのものに魅力的な何かが映しこまれていること、それを発見することが映画を観ることの楽しさだ。そんなシンプルな映画体験を思い出させてくれる映画でもあった。


2021年製作/157分/日本

監督・脚本:沖田修一
撮影:道川昭如
録音:落合諒馬
キャスト:坂口辰平、大塚ヒロタ、遠藤隆太、師岡広明、宮部純子、宇野祥平、黒田大輔、山中崇

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