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ロバート・アルトマンの初期のサイコ・サスペンス『雨にぬれた舗道』

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「ロバート・アルトマン傑作選」として映画上映があり、初期に手がけた「女性映画3部作」の第1作と言われているのが、この『雨にぬれた舗道』。ロバート・アルトマンは群像劇というイメージが強く、これまで多くの傑作を見てきた。有名な作品としては『M★A★S★H マッシュ』(70年)、『ナッシュビル』(75年)、『ウェディング』(78年)、『ザ・プレイヤー』(92年)、『ショート・カッツ』(94年)、『クッキー・フォーチュン』(99年)などなど。単純なストレートな物語ではないものが多い。多くの登場人物が出てきて、物語はなかなか進まず、横道や脇道にそれていくばかり。混乱と停滞。そのざまざまな人々の人間模様を通じて、ある時代や社会を描いてみせるその手腕。見応えたっぷりの映画が多い。好き嫌いはあるだろうが、私は結構好きだ。

それで観ていなかった初期のこの作品、なんとも奇妙な映画なのである。最初はなんの話なのかよくわからない。それなりに裕福な暮らしをしているある女性フランセス(サンディ・デニス)。家でパーティーが行われているのだが、フランセスは窓の外のベンチに座る青年(マイケル・バーンズ)が気になってしょうがない。雨が降ってきても青年はベンチから動こうとしない。窓のシャッター越しに見える雨に濡れるベンチの青年。パーティーは早々にお開きになり、フランセスは雨に濡れた青年のところに行き、「家の中で服を乾かさないか」と誘う。あっさり家についてきた青年がまた奇妙なことに、一言もしゃべらない。喋ることが不自由なのかと思ったりしながら、一人で青年に話しかけ、お風呂に入れてやり、食事やベッドなどこまごまと世話を焼くフランセス。レコードを聴くと、青年はタオルを纏いながら陽気に踊り出して、フランセスの気を惹く。

夜の間に家を抜け出した青年は、どうやらちゃんとした実家があり、家族もいる。普通に話せるし、姉が彼氏と住んでいる家に行くと、姉から「あなたは小さい頃から何日も口をきかない特技があったわね」と言われる。

フランセスの家に自由に出入りするようになった青年は、相変わらず口もきかずにいるが、フランセスとの奇妙な関係が始まる。フランセスという女性は、金持ちの老人ばかりの友人が多いようで、独身で孤独。年上の医者から言い寄られているようだが、フランシスはまったく興味がなく、気持ち悪いほどだ。青年と出会うことによって女性の内なる「母性」が引き出され、どんどん青年に興味を持つようになっていく。ネクタイで目隠ししながら、ハーモニカを吹いて鬼ごっこをする二人が戯れるシーンがあり、二人の影を使いながらフランシスの高ぶる心を表現している。暗闇や光と影の使い方も上手い。

さらにこの映画の奇妙なところは、産婦人科のシーンである。フランシスは避妊具を装着するためにこの病院に来たのだが、病院にいる女たちはあからさまに「ピルがいい」だの「ペッサリーがいい」だのセックスの話をしている。その場にいたたまれないフランシスだったが、ペッサリーの装着シーンまでわざわざ描かれている。そして、青年とのセックスを期待して彼のベッドに暗がりの中で行くのだが、青年はベッドを抜け出しており、彼女が勇気を振り絞って「私を抱いていいのよ」と言ったのに隣には人形がいるばかり。彼女のショックな叫び声が部屋に響くのだ。

そこからさらに奇妙な展開になっていく。フランシスは青年を部屋に閉じ込めるために窓に何ヵ所も釘を打ち、そして青年のセックスの相手をする売春婦を探しに街に行くのだ。妖しげな女に声をかけ、さらに売春婦を斡旋しているバーにまでついて行く。このバーの鄙びた怪しげな感じがいいのだ。お金を出して売春婦をタクシーに乗せて家まで連れてくる。そんなどうでもいいようなシーンが長々と描かれているのだ。何を考えているのかわからない不気味な女。売春婦や斡旋する男たちも気味悪げにフランシスに接する。無表情なサンディ・デニスがなんだか凄い。

売春婦を部屋に連れてきて青年と引き合わせてから、その様子をうかがっていたフランシスだったが、最後に彼女の狂気が炸裂する。まぁ、いわゆる「監禁もの」と言えるジャンルのサスペンスなのだが、途中までもそんな気配もないのだ。孤独な独身女性が若い青年に惹かれていく話が、次第に精神の不安と異常を来たしていく。だが映画はまっすぐにその心理サスペンスを煽らない。産婦人科に行ったり、老人たちとボールゲームをしたり、売春婦を探しに行ったり。青年を誘惑する姉との近親相姦的な場面まで描かれる。被害に遭う青年もよくわからない男なのだ。とにかく単純な物語にしない。人間は一筋縄ではいかない不思議で簡単に理解しえない闇の心を抱えているというロバート・アルトマンがずっと描いてきた不気味さや不条理さがこの初期作品にもシンプルな形で描かれていた。


1969年製作/113分/PG12/アメリカ・カナダ合作
原題:That Cold Day in the Park
配給:コピアポア・フィルム

監督:ロバート・アルトマン
製作:ドナルド・ファクター、レオン・ミレル
原作:リチャード・ミルズ
脚本:ギリアン・フリーマン
撮影:ラズロ・コバックス
美術:レオン・エリックセン
音楽:ジョニー・マンデル
キャスト:サンディ・デニス、マイケル・バーンズ、スザンヌ・ベントン、デビッド・ガーフィールド、ルアナ・アンダース

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