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恋愛あみだくじチョコレート


#ほろ酔い文学

〝文学とは〝を検索してしまうような素人が書いたお話です。1話完結。ショートショート。しばらく恋愛をしていない35歳女性が主人公です。


「結婚は?」

新年早々、親戚の叔母さんにまた言われた。明けましておめでとう、結婚は?って、もうしんどい。昭和の言葉はいつも突然タイムリープしてくる。叔母さんの家の玄関前で一瞬無言になる私。朝日が背中を押す、早く話を切り上げる為にこう言った。

「相手がまだ…いい人がいればお願いします。ホントお願いします!」

このお願いしますという言葉を真剣に強く伝えると、相手が怯むことを私は知っていた。叔母さんに懇願するような目で見つめる。

「そうねぇ…いい人いたらねぇ」

叔母さんは苦笑いしてそれきり結婚の話をしなっくなった。成功した。適当に近況報告して機嫌をとり、私は歩いて自宅へ戻った。ブーツを脱ぎ、リビングのドアを開く。あずき色のコタツに入っている両親に

「叔母さんに筑前煮を渡して、新年の挨拶してきたよ」

と伝えてすぐに自分の部屋にこもった。そしてパソコンの電源を入れ自分のブログ画面を開く。キーボードが冷たい。

「寒い…エアコン入れなきゃ」

ブログのサイト名はnote。ここでたまに日記を書いている。というか会社の愚痴をぶつけている。

ネットが繋がるとトップページに充実した日々を過ごしている人たちの記事が現れた。

「はぁ…。キラキラしてんなぁ…」

母がお正月に用意してくれた500mlの日本酒の封を切った。ラベルには水彩画で桃の花が咲いている。お酒をトクトクトクっと、いつものマグカップへ雑に入れた。

「お正月だもん。朝から飲んだっていいでしょ。」

一口飲んだ。甘口の白ワインのように飲みやすい日本酒だった。やさしい…やさしい香り。

私は今年で35歳だ。ブラック企業みたいな会社で働いて、残業して、休みを削っていたら、35になった。貯金はほぼない。貯まったのはストレスと有給と部屋を埋める通販のダンボールのみ。買ったはいいが開けてもいない新品が箱のまま積み重なっている。30過ぎてそれなりに婚活してみたけど、思うような人は見つからなかった。

「結婚ってあみだくじだよね。すぐにアタリを引く人もいれば遠回りする人もいる。私のあみだくじは…ハズレなのかな…」

独り言を言いながら画面の右上を見た。お知らせマークに数字の〝1〝がついていた。クリックしてみる。

チョコレート食べませんか?さんが

〝上司と気が合わない〝にスキしました

「10分前にスキしてる。こんな愚痴ばっかりの日記にスキしてくれる人がいるんだ。どんな人なんだろう。」

チョコレートを食べませんか?さんのnoteを開いた。自己紹介のページをクリックする。

僕はチョコレート販売店で働く25歳です。毎日、厨房でチョコレート作ってます。お持ち帰り用チョコレートがメインですが、冬だけ期間限定のホットチョコレートもやってます。お店にはイートインあります。近くに住んでいる人がいたら、よかったら飲みに来てください。ちなみに通販もやってます。

「25歳、男性か…若…。夢いっぱいでいいな。」

スクロールして更に読んでみると、チョコレート販売店は同じ県内だった。しかも自宅から車で15分のところにある。

「うそ…同じ県ですぐ近くじゃん。親近感わいてきた。コメントでも書いておこう。」

スキありがとうございました。私、お店の近くに住んでます。機会があったら行きますね。お仕事頑張ってください。

「いつもは記事を眺めてるだけなんだけど、酔ってるとコメントすらすら打てるな(笑)さてと、日記でも書こう。」

自分のページに戻り日記を書いて投稿した。すると、すぐにスキマークに〝1〝がついた。またチョコレート食べませんかさんからだった。コメントも入った。

コメントありがとうございます。いつも日記読ませてもらってます。近くなんですね!よかったらお店に来てください。今日も営業してます。11時からです。

「お正月もがんばってるんだ、お店の売り上げ大変なのかな…。私の日記にスキしたの販売目的なのかもしれない。でもいっか。チョコレート好きだし。もう一回、チョコレート食べませんか?さんのnoteへ行ってスキでも押しておこう」

チョコレート食べませんか?さんのページを開いて、最近の記事をクリックした。一番上の写真には白いコックコートを着てチョコレートの箱を手にした男性の笑顔があった。

「こんな顔なんだ。いい笑顔だなぁ…。私、会社でこんなふうに笑ったことあったっけ?」

スキボタンをクリックした。御礼のメッセージが表示された。

僕も好きです🍫

ドキッとした。

こんな一言でドキッとするなんて、私は恋愛初心者か?それとも疲れているのか?酔っているのか?

少し考えたら答えはすぐに出た。

「しばらく誰かに好きって言われてないからだ…それに好きって言ってない。」

だって出会いなんかない。会社を出るのは21時、駐車場周辺のお店は全部閉まっていて明かりは街灯だけ。そこから車でいつもの道を通る、時速50キロで。帰ったらご飯チンしてお風呂入って日記書いて、明日の仕事の為に寝る。いつも同じ場所、同じ道を行ったり来たり。

「行ったり来たり…毎日同じ…。」

マグカップに残った日本酒を飲み干した。

部屋の隅に重なっている通販のダンボールの山を崩して一番下にある箱を開けた。新品の白いスニーカーを取り出した。コートを着てショルダーバッグを肩に掛けた。玄関で白いスニーカーを履く。そしてキツく靴紐を結んだ。

物音に気付いた母が玄関へやって来た。

「出かけるの?初詣?」

「違う、街中のチョコレートショップへ行くの」

「雪が降ってるわよ、明日にしなさいよ」

「今日行きたいの」

「お酒飲んでるでしょ?車はダメよ」

「電車で行こうと思って」

「電車?学生以来じゃない?」

「そうかも。駅まで歩いて電車に乗るの十…三年ぶりかな(笑)」

「お父さんに車で送ってもらったら?」

「車じゃダメなんだ、横線増えないから」

「横線??なんて言ったの?」

「お母さんのチョコレートも買ってくるから。楽しみにしてて。」

「ありがとう」

「いってきます」

「いってらっしゃい」

私はあみだくじの横線を増やすことにした。選んでしまった縦線の運命を変えたくて。いつもと違う道を歩いて横線を増やして、いろんな人の縦線に接触したい。些細なことでもいいんだ。変えたい、変わりたい。そしたら、いつかきっと好きって言える人と出会えると思うから。

空を見上げると一つだけ牡丹雪が白い花びらのように落ちてきた。私はコートのポケットからスマホを出してチョコレート食べませんか?さんのコメントに返信した。

今からホットチョコレート飲みに行きます



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