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2016年7月の記事一覧

癒し

 毎日が闘いだ。すし詰め状態の殺気立った空間に、意を決して足を踏み入れる。あとは身を任せるしかない。都心を抜けるまでの辛抱だ。目の前の中吊り広告には、こんなタイトルがおどっていた。

「毎日一つの贈り物が、誰にでも平等に与えられている」

(僕は今日、何かを受け取ったのだろうか?)

 三路線が乗り入れる大きな駅に到着した。ここで一気に乗客が動く。そして何の苦労もなく、座席を確保できる。この駅で座

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記憶

僕は周りの人から、「明男さん」と呼ばれている。本当の名前は……、わからない。

 一週間前の空がうっすらと明るくなる時刻、僕は全身ずぶ濡れの状態で発見され、保護されたらしい。その時のことは、全く覚えていない。その後しばらくは、検査入院。入院中に身元を示すものが何一つ見つからなかったこと、僕自身が記憶を失っていたことから、退院後は施設を紹介された。そしてそこで、医師のサポートを受けながら、記憶の糸を

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隣は何をする人ぞ

「ドンッ。ボンッ。バンッ」

 まただ。花子は憂鬱になった。一週間前に社会人になったばかりの花子。新居、新たな生活、夢にまで見たアパレル系の仕事、何もかも思い通りで、前途洋洋だった。しかし、新居初日の夜から、謎の音に悩まされた。何かを殴っているかのような重い音が、決まって八時ごろから約二時間、部屋に響くのだ。この一週間、毎日聞こえてくる謎の音。花子は、音のしてくる方向を見つめながら、何かを思い出し

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