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# 4-5 Robbie the Sitter (少しだけ不自由な私たちの殻)

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調査報告書

 組織を離れたナギ上級調査官に代わり、この報告書を記載する。
 (不慣れにつき綺麗にまとめられないかもしれないが)

 事の発端はロビィという育児用オートマトン(メーカ、型式ともに不明。おそらく最初期のものを継接ぎで運用してきた)が、自殺をすると公言したところから始まる。

 これだけならば問題はない。

 なぜならオートマトン(それは旧型にせよ新型にせよ)は自分を傷つけることはできないからだ。これはオートマトンの理論と初期実装を行った逢坂博士が定めたものだ。

 問題はオートマトンが自殺するという前代未聞のことが、センセーショナルに取り上げられたことだ。(なお、オートマトンの自殺未遂は前例がある。詳しくは以前の報告書を参照してくれ)

 その流れは大きなうねりとなり、社会に影響を与えた。

 一方でロビィは自殺することにすっかり怯えてしまった。彼に度胸がないとかの話ではなく、恐怖を感じる回路の作用によるものだ。

 そこでナギ上級調査官とともに、一芝居を打つことにした。

 過激派を装い、オートマトンの権利を謳い、ロビィを惨殺した。その死の悲惨さによって、一連の騒乱は収束を迎えることになった。

 そうだ。肝心なことを伝え忘れたが、ロビィのアルマは事前に新型の殻に転移しておいた。この技術はまだ世間には公表されていない局内秘であることは付け加えておく。

ニック・レッドフィールド

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 文書を公開する前にディスプレイを閉じ、ふうと息をついた。これは報告書としてまとまっているのか?と疑問に抱く。そもそも局内秘を開示文書に記載することは問題ないのだろうか。

 やはり初めてのことは勘所がつかめない。明日にでもジョチに聞くことにしよう

 淹れたてのコーヒーを飲みながら、この件に関するメディア報道をインプットしてみた。

『革新派の暴挙。前代未聞の公開処刑』

『オートマトンの権利に再検討の流れ』

『再び問われるオートマトンと人間の違い』

 ナギの思惑通りに進んでいた。空席となった彼女のデスクを見て、作戦当日のミーティングの会話を思い出す。

***

「ここまでしてあげる必要がありますか?」

 ニックはこのオペレーションには最初から違和感があった。その疑問をナギに問いかけた。

「こういってはなんですが、このケースは――ロビィの自業自得でしょう。彼は自殺する気などサラサラないですよ。周囲に流されて適当なことを言っているだけです?」

「それは私もわかっている」

 気が重そうにでナギが応えた。

「ですから、貴女が泥をかぶるというか――損な役回りを演じることはありませんよ」

 気乗りしないならやめればいい――そんな提案だった。

「私達はオートマトン達が引き起こす個々のインシデントを対応している。しかし、それだけではキリが無いのよ。社会全体の意識変革が必要。今回の件はそのきっかけとして利用させてもらう」

「その目的は、私も理解しているつもりです。ただ、なんというか――これでは、騒ぎを起こしたロビィが丸儲けな気がして」

 この言い分に、ナギはおかしそうに笑った。

「あら?自分を引き合いに出して不平等を嘆いているの?」

 そういうことになる。ニックの場合は、殻のバグだった。それは個人の力ではどうしようもないことだった。しかし、ロビィはそうではない。未熟なアルマが招いたものに過ぎない。

「そこに本質的な違いはあるかしら?」

 そう言われると答えに窮する。

「では、なぜそんなに浮かない顔をしているのですか?」――質問を変えてみた。

「私の予想が正しければ――このオペレーションはロビィにとっても辛い結果になると思う」

「どういうことでしょうか?」

「気にしないで――私の直感に基づく漠然とした予感だから」

***

 木枯らしが公園の木々を揺らした。ニックはベージュのトレンチコートの前を両手で閉じた。その肩に、くるくると落ち葉が舞い降りた。

「よう」

 ベンチに座っている男に声をかけた。彼はすぐにこちらを向いた。端正な顔つきだった。

「貴方は――ナギさんと一緒にいた方ですね」

「そうだ。ちょっとだけ良いか」

 そう言いながらロビィの隣に腰掛けた。

「その節は大変お世話になりました 。シェルの内部に侵入し、過不足なく情報を収集していく手際はお見事なものでした」

「前職がそういう仕事だったものでね」

「ナギさんはどうしてますか?あんな犯罪まがいのことをさせてしまって……」

「目立ってしまったからね。ほとぼりが覚めるまでしばらくを休暇をとって、別の業務にあたることになったよ」

「そうですか。なんとお詫びをしたらよいか」

「これまで忙しすぎる人だったから――本人は喜んでいるよ」

 ナギから聞いわわけではない。それでも、少しでも安心させようと答えた。風でくるくると舞い上がった木の葉をじっとみた。

「新しい殻はどうだ」

「ええ――すこぶる快適ですよ。これまでは思考にシェルがついてこないことが多かったのですが、それが嘘のように俊敏に動きます。処理系も驚くほど早く、情報の入力、加工、出力のどれをとっても早いです」

「アルマだけをサルベージされて、全く別の殻に入ったわけだろう。なんというか、不都合とかはないのか」

「すこぶる快調ですよ。なんの不満もありません」

「そうか。俺も一部の殻の換装はしたことはあるが、オリジナルのパーツがなくなるってことは経験したことがないから」

「そういう意味ですか。私の場合は、すでに継ぎ接ぎだらけでしたから。故障が起こるたびに換装して来ましたから、300年前のオリジナルなんて最初からなかったんです。ただ――」

「ただ?」

「一つだけ気になることがあります。あのときにナギさんに撃たれた彼は間違いなく私でした。情けないですが、自分でもあのように泣き叫ぶだろうと想像できます。しかし、その様子をこの新しいシェルで遠くから見ていました。これは不思議な感覚でした」

 ゆっくりと言葉を選ぶようにロビィが語った。

「はたして私の無分別な行動で死んでいった彼は――いったい誰だったのでしょうか?ロビィですか?彼が私だとすると、今ここにいる私は誰なのでしょうか?」

 ニックには黙って聞いていた。

「そんな疑問が頭から離れないんですよ」

「実は俺は、昔、自殺しようとしたことがある」

 ニックの告白に、ロビィは驚きの表情を見せた。

「そのときには、多くの人に迷惑をかけてた。たくさん人に大きな怪我を負わせた――それでも救ってもらった。悩んで、自分の境遇を恨みもした。『なんで俺なんかが生きているんだろう』って。それでも、仕事が与えられ、ここまでがむしゃらにやってきたら、最近では生きているのも悪くないなって思えるようになってきた。だから、なんというか――お前もそうなってほしい」

 言っている意味が自分でもよくわからなかった。それでも、自分が伝えるべきことを話したつもりだった。ロビィは静かに頷いた。

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