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アナログ鍵の失効リスト(8)

## その8 (18:22)

 エレベータ内のパネルの数字が38から一定のリズムでデクリメントする。その周期の何億倍のクロック数で咲舞は思考は処理している。

 認証局――それは第三者による証明機関。何を――自身の正当性を。アクセスする権利あることを。更新する?なにを?自分の正当性――鍵。それは秘密の鍵。みんな誰にも知られない自分だけの鍵を持っている。秘密を持つことで、自分は自分であることが確定する。秘密が漏れたら自分ではいられない。コピー?人間はコピーできない?何で?技術的課題?それとも倫理性?技術の進歩によって倫理は常に更新されてきた。だとしたら、できないことなんてない。

 じゃあどうするの?私の秘密が漏れたら。ある日突然、もう一人の自分が現れて、普段どおりに起きて会社に行って――そして伊吹先輩と話をする。そんなの耐えられない。だったら?私に何ができるの?秘密か漏れたら、そうなったら――私は私を消す。そして――そして、また別の私だけの秘密を持つ。その秘密は、また別の鍵となる――。

 エレベータのドアが開く。伊吹は32階のフロアに降りるが、咲舞は動かない。振返ると伊吹に笑顔を見せた。

「気づいた?」

 開いている扉を挟んで、ちょうど向かい合う形になる。

「今日は雨が降っていて、良かったです」

「そうだね――お願いできる?」

「ええ、青柳には嫌な顔をされるでしょうけど」

「ラックの形状は覚えてる?そんなに立派なものじゃなくていいよ。扉は格子状だからワイヤータイプで十分だね」

「バッチリ記憶しています。先程見ていましたので」

 エレベータの扉が閉まりかけた。咲舞は急いで開延長のボタンを右手で押す。

「戻ってくるまで待っていてくださります?」咲舞は思いきって尋ねた。

「正直に言うと帰ろうかとは思っていた。」伊吹は困った顔を見せる。――ここで引き下がりたくなかった。

「先輩はよく仰るでしょう。『人間は間違える。だから作業は必ず2人で行うべきだ』って」

 自分でも思う、都合がいいリクエストをだしていると――けれども、もう少しだけ一緒にいたいと思っている。

「いや、今日は残業の申請出してないから――頼んだよ」

「分かりました。お疲れ様です」っとボタンから手を離しながら、頭を下げた――こんなにお願いして断られた経験は今までなかった。私の気持がわからないのか。きゅっと唇を噛みながら1階まで降り、いらだちを隠すことなく携帯電話に手をかける。

「もしもし、青柳。ちょっと買い出しに行くから車をつけてもらえるかしら。ええ、ちょっとまた戻る必要はあるのだけど――そう、行き先は……」

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