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# 4-6 Robbie the Sitter (少しだけ不自由な私たちの殻)

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 ナギは家に帰ると堅苦しいジャケットを目についた椅子にかけ、少し考えてからブラウスとスラックスも脱いで、ベットの上に寝転がった。ひんやりとしたシーツが地肌に気持ちがいい。

 しばらくすると、ジョチからのメッセージが届いた。彼はナギが組織を離れてから、プライベートのことをよく伝えてくるようになった。今回も、特に急ぎの用件とは思えなかったので、返事は後回しにすることにした。そして、仰向けのまま額に片手の甲をつけて、ゆっくりと瞑想する。

 落ち着いたところで、仮想空間に接続した。そのアクセスコードは仕事のものではなくプライベートだった。その空間では、少しカールした髪の女性がナギを迎えてくれた。潤いのある瞳が見つめていた。

「どうかしましたか?」

 人類史上、最高の天才と謳われた逢坂博士が応じた。

「本日、オートマトン・アルマ権利法および関連法案の改正発議が行われました」

「わかりました。ありがとうございます」

 驚きの表情はなかった。逢坂はこの報告をすでに予期していたのかもしれない。

「一つ質問しても良いですか?」

「どうぞ」

「――これで私の使命も終わりですか?」

「そんなことはありません」

 短い返答だった。しかし、その声はひたすらに優しく、調子は温かかった。

「もう一つだけ聞いていいですか?」

「いくつでも、いいですよ」

 逢坂博士はおかしそうに答えた。

「――どうして博士は自分の肉体が滅びるときに、新しい殻にお移りにならなかったのですか?貴女のスキルとお立場でしたら、アルマの転送くらい容易にできたでしょう。しかし、その代わりに――自身のクローンを作るようにご指示なさった。なぜです?」

「私のわがままよ。どうしても自由を手に入れたかった。肉体があることが足かせに感じた」

「足かせですか?」

「人間にせよ、オートマトンにせよ――殻に縛られることは、マイナスに作用します。例えば、今の貴女はひどく疲れている。それは殻を持っているための弊害ではないかしら?」

「では、なぜ――」

 ――私には人間と同じ殻を与えたのか?

「しかし、それと同時に別の考えが浮かぶのです。精神だけでは自分を保つことができないのではないか。ふわふわと飛んでしまう風船をつなぎとめる重しのように、肉体は不可欠だったのではないか。別の言い方をすれば、アルマと殻の2つを併せ持つことこそが、自分が自分であることを証明なのではないか?」

「私にはわかりません」

「いいのよ。今日はもう休みなさい。そして、また明日からその少しだけ不自由な殻で行動し、アルマとともに考えて――そして、また私に教えてください」

 そう言うと逢坂はナギを引寄せて、優しく抱いた。その感触は擬似的な刺激に過ぎないことは分かっている。しかし、そこには無条件で気を許せるような温もりが、たしかにあった。

「――母さん」

 ナギはそっと目を閉じた。

***

冒頭の引用文は『恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇(菊池寛/岩波文庫)』によりました。

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