七福神? 神々でつながる日本とタイ
タイで七分の三福神参り?
神々や精霊への信仰を実践する「ムーテールー」という現象が近年のタイでトレンド化していることを、以前ご紹介しました。
様々な対象を柔軟に取り入れ、自由な解釈で独自の発展を遂げていくタイの世界観は、「神さま、仏さま、ご先祖さま」を同時に拝めてしまう日本のそれと通じる部分もあります。
日本において融通無碍な民間信仰から発展した神仏習合の好例として、「七福神」があげられます。別々に信仰される本来つながりのない神々を、七柱一揃いにして信仰するのが七福神です。歴史的経緯には諸説あり、集められる神々も地域や時代によって異なる組み合わせがあるなど、いかにも民間信仰らしい自由さが感じられます。現在でもお正月には七柱の神々が乗船した宝船図が縁起物として飾られたり、元旦から七草の日までに七福神をめぐる催しが各地で開かれたりしています。
現在、一般的に七福神に数えられているのは、日本神話に起源を持つ神「恵比寿天」、ヒンドゥー神話に由来する神々「毘沙門天」、「弁天」、「大黒天」、道教に由来する仙人「寿老人」、「福禄寿」、そして中国に実在したとされる仏様「布袋尊」で、出身の異なる神々が区別なく信仰されていることが特徴です。
日本では、元は仏教とは異なる信仰に基づく神々であったものが、仏教に取り入れられ、仏法を守る神となったものを、天に住まうものという意味から「天部」と呼びます。恵比寿天、毘沙門天、弁天、大黒天に天がつくのはそのため。タイ語にも「テーヴァ」という類似の概念があり、日本で信仰される天部と同じ起源のテーヴァがタイでも信仰されています。以下では、七福神のうちの三柱、タイで出会える「七分の三福神」についてそれぞれご紹介したいと思います。
毘沙門天 ターオウェースワン(ท้าวเวสวัณ)
日本の大乗仏教において、如来、菩薩、明王が人々や生き物の救済を目的とするのに対して、天部は仏法を守護し、仏教を信ずる心を妨げる外敵から人々をまもるという役割をもちます。なかでも毘沙門天は四方を守る天部、四天王のうちの一柱。北の方角の守護神です。敵の侵入を防ぐ役割にふさわしい、甲冑と三叉戟(三つ又の槍状の武器)を身につけた姿が知られます。武神としての勇ましい印象から、立身出世や勝負運、除厄のご利益があるとされます。
タイにおいても毘沙門天と同じ起源を持つ、ターオウェースワン(ท้าวเวสวัณ)と呼ばれる神が祀られています。ターオウェースワン像も聖域を守護するために寺院境内や門の近くに安置されることが多く、やはり北の方角を司ります。長い棍棒を携えており、地面に突き刺すようにして立つ姿で表現されることが一般的。仏教に帰依してからは、武器として棍棒を振るうことはなくなったといわれており、杖代わりにしているとの解釈からか、脚の健康を守ってくれるとの信仰もあります(タイ語で足の意味「タオ」と名前が似ているから?という解釈も)。古くは、ターオウェースワンが描かれた布製護符は、赤ちゃんを悪霊から守るご利益で人気を集めていたとも。
タイ語でヤック(日本語の夜叉、薬叉にあたる)と呼ばれる鬼神の一族を支配しているとされ、従属する他のヤック像もターウェースワン像と同じような姿で表現されるので、像容だけでほかのヤックと区別できないのがなかなか厄介だったりします。
弁天 サラサワディ(สรัสวดี)
弁財天、弁才天と示されることもあるように、財運や芸術の才能など、多様なご利益を司る女神、弁天。
タイでは、プラ・サラサワティ(พระสรัสวตี)もしくはメー・サラスヴァティ(พระแม่สรัสวตี)などの名称で呼ばれるテーヴァに相当します。長い髪に、弦楽器を抱える姿で表現されることが多く、イメージも弁天と非常に近いものです。
サラスワティ像はバンコクに所在するヒンドゥー寺院の一つ、ワット・テープモンティアンの像が有名です。この寺院には小学校が併設されており、サラスワティは知識、芸術、音楽、学習を司るため、生徒たちの守護を願い、学校の入り口に祀られているといわれています。
近年リニューアルされ、2022年11月にAPEC(アジア太平洋経済協力)の首脳会議が行われたことでも知られる、クイーンシリキット国際会議センター(The Queen Sirikit National Convention Center)の前にも、プラ・サラスヴァティが祀られる祠があります。大きな会議の前には、関係者はこの祠にお参りすることが慣例となっているようです。
大黒天 マハーカーラー
右手に打ち出の小槌、左肩にサンタクロースのような大袋を担いだ穏やかな姿で知られる大黒天。その起源は、ヒンドゥー教の最高神とされるシヴァ神の化身のひとつ、マハーカーラにあるとされます。
インドにおいてマハーカーラは、シヴァ神が司る「破壊」と「創造」のうち、「破壊」の側面を示す姿で、3つの目で睨みをきかせ、大きな口から牙をのぞかせるなど、福の神である大黒様のイメージとはだいぶ異なる恐ろしい表情で描かれます。「マハーカーラ」とは「大いなる暗黒」という意味で、すべての色、形を飲み込む黒色をシンボルとします。少なくとも名前だけはほぼそのまま日本に伝わっていますが、どうしたわけかその姿も性質もまったく異なるものに変容。
また、江戸時代には神道と習合し、土着の神、大国主命(オオクニヌシノミコト)と同一神とされるようになりました。「大国」はダイコクとも読めるという、江戸っ子が好む言葉遊びから来ており、さらには「大黒柱」とかけ、食物や財宝をもたらすというご利益が強調され、庶民に親しまれる存在に。
さて、そのマハーカーラ、少し調べた限りでは、タイで像が祀られたり、護符に描かれていたりという有名な例は見られません。シヴァ神像は数多く祀られていますがタイにおいてシヴァ神の「破壊」の側面は、忿怒の表情のマハーカーラではなく、舞いによって世界の破壊を遂行するという、ナタラージャ(踊るシヴァ)という表現が広く受け入れられています。
余談ですが、9百年前のものと考えられるシヴァ神の立像、通称Golden boyが2024年5月、ニューヨークのメトロポリタン美術館からタイに正式に変換されたというニュースがありました。
そのほかにシヴァ神は、ビジュヌ神、ブラフマー神と合わせ、三位一体像、トリムルティ像としても祀られ、その最も有名な像はバンコク中心街のセントラルワールド前のトリムルティ像です。恋愛成就のご利益で人気があり、特に霊力が高まると言われる木曜日の夜9時半に合わせ、多くの参詣者が訪れます。
トリムルティとして信仰を集めていますが、実はこの像はトリムルティ像ではなく、シヴァの5つの面を表したサタシヴァ像であるとの指摘もあったり。
それぞれの社会に合わせ神々は姿を変える
いわば日本版「ムーテールー」である七福神。同じ起源の神々が、タイではまた別の姿、別の性質で信仰されており、異国の神々がそれぞれの社会で民衆の願いを反映しながら取り入れられ、独自の変容を遂げながら定着してきたことが伺えます。さらに、毘沙門天ことターウェースワンはギリシャ神話の青年神ヘルメスに、弁天ことサラサワディはペルシャ神話の女神アナヒータに繋がりがあるともいわれ、その奥深さに興味はつきません。
両国で信仰されている天部はほかにも数多くあり、神々からも異なる社会との繋がりを知ることができます。
謝辞:本稿の内容は「スミセイ女性研究者奨励賞」研究助成を受けた研究成果を含んでいます。記して感謝申し上げます。
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