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新宿区-大弁財天、草間彌生美術館、南春寺、多聞院 牛込不動、緑雲寺、幸國寺、法身寺、瑞光寺、常楽寺、大乗山 経王寺、浄栄寺、蓮秀寺、長厳寺、長昌寺、祥山寺、法蔵寺、須賀神社

1947年に発足した区であり、行政機構としての歴史は比較的浅い。また、旧牛込区、旧四谷区、旧淀橋区の3つの区が「寄り合い所帯」となって誕生した経緯から、個性に富んだ地域が区内に点在する。
(Wikipedia新宿区より/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA


この説明を正しいと全てが完璧な内容と仮定すると、行政単位ごとに個性が存在するという意味になると思いました。
その時は何も考えずに歩いたため、その個性の有無は確認していませんが、旧牛込区から旧四谷区を歩いたことになるようです。


大弁財天

Google Mapでは『建造物』と評されたこの場所は、曹洞宗 雲居山 宗参寺の飛び地境内にある弁財天ということです。
(Wikipedia宗参寺参照/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E5%8F%82%E5%AF%BA

この地域は、『弁天町』と呼ばれています。

芸術・学問などの知を司るヒンドゥー教の女神に、財宝神という要素が加わり弁財天という漢字の名前が授けられ、そして、その弁天さんが町の名前になったということでしょうか。

草間彌生美術館

入場は日時指定の完全予約・定員制ということで入場することはできませんでした。

隠すことがすべての顕示であるような、あるいは桃の実につけられた小さな虫の穴が却ってそのいのちをあらわすような、そうした方法によって、私は神秘をあらわしたいのです。神秘と象徴の中間に横たわる世界に身をひそめて生きたいと思います。
―草間彌生「イワンの馬鹿」、1955年
(草間彌生美術館ウェブサイトより/https://yayoikusamamuseum.jp/home/


弁天さんのすぐそばにあるこの美術館は、神秘と現実の狭間に居る弁天さんとその町の名前に惹かれ、この地に居を構えたのかもしれません。

人間というのは勝手なもので、夢を現実にするには、まずそれが現実として達成できるという自信を持つために身近で自分が理解でき、また親しみの持てる存在を必要としながらも、それだけでは心配なため現実を超越し、その夢を叶えるために必要となる神秘性、非現実性を求めるのでしょう。
そのような訳で、信仰と芸術、そして日常生活というのは、結局は、全て似通った存在であるように思いました。


南春寺

また、同じく弁天町にある南春寺の前を通り過ぎました。

南春寺のウェブサイトによると、
お参りの際も交通至便となっており、また、境内には、時代の流れに則した利便性に優れる設備を揃えているとのことです。また、更に『人の集うお寺』を目指し、この寺を訪れることで、『心が晴れやかになる、温かな春が訪れるような、そんな寺院にしていきたい』という気持ちを胸に精進していらっしゃるということです。
(南春寺ウェブサイトを参考に記載/http://www.nanshunji.com/shoukai.html


弁天さん、そして草間彌生と比較して考えてみると、時代の流れに則した利便性を追求して仏道に専念するということは、人の知恵や物理的な財という遠い先にある夢を共に追いかけるのではなく、現実生活の中で心休まる場を提供できることかもしれない、と考えました。

多聞院 牛込不動

南春寺の隣、草間彌生美術館から道路を挟み向かい側にありました。
この寺は、御府内八十八ヵ所霊場の一つであり、その霊場の開基正等和尚の墓があるという場所でした。

緑雲寺

寺院の掲示板の役目とはどんなことになるのでしょうか?

『人間は、自分の心に自分が縛られている』
『この泥があればこそ、咲く蓮の花』
『私はあの人にはなれないけれども、あの人も私にはなれない』
『できることは減りましたが、ありがとうが増えました』
『みんなちがって、みんないい』
『人生は生涯をかけた一人旅、どこに向かい、どこに帰るのか』

(緑雲寺掲示板の掲示ポスターより/ポスター記載の説明=掲示伝道ポスター(真宗大谷派)より言葉のみ抜粋)


宗教において、伝道の意味を理解が難しいと思いました。

現世で生きる知恵を与える場であるのか、真実はどこにもないという真実を受け止めることを助けてくれ、そして、みんなと違う自分を認めて、先へと進むことも合わせて受け入れることを助けてくれる場所なのでしょうか。

言葉で、そしてその抜粋で世界を語られたときに、それは全て真実であり、また感銘を受けることはあるように思います。ただ、そんな言葉で定義された世界に惑わされ、そして心動かされるという事実は、『自分の心に自分が縛られている』ということかもしれないと思いました。

その他訪れたり、通り過ぎた場所は、また、機会があれば、調べて紹介したいと思います。

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