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#134 パラダイムシフト・スクラップ(1)


<岩男>


とある町の神社の脇にある公民館。いつものように村人が集まってきた。
ここでは月に2回、地域の役員が集まり会合が行われる。

毎度毎度この寄り合いは、夜の8時から行われる。ここらの住民は夜5-6時には夕食で、21時になれば就寝してしまう人が多いためだ。地域性があるのだろうが、ここらの住民の多くは農家のため朝が早いため夜も早い。

公民館に厳つい体格の男がやってきた。

名を橋本岩男という。その名前と体格に似合わずイチゴ農家を経営している。近くの農大を出て家業のイチゴ農園を継いだのだった。

「おー、岩さんお疲れ様です」

彼に声をかけたのは、この町で先生をしている大木勉。色白の細身の男で、岩男とは小学校からの竹馬の友だった。

「みんなまだ集まっていないみたいだな」

「そうだね。そういやあ、町長は遅れるらしいよ。会計の升さんは時期にくるっていうからあと2人かな」

一息つくと、岩男は座布団に腰を下ろした。胡坐をかき、ポケットからアイコスをだすと一服を始めた。

岩男がアイコスを吸うのを見ていた勉が言った。

「なんか時代が変わったよな。岩男がセッター(セブンスター)じゃなくてアイコス吸ってるなんてな」

「そうか。俺は何も変わっている気がしないけどな」

それを聞いた勉は呆れたように言った。

「そんなことないぜ。うちの学校なんか、最近ブラック校則だって前髪の規制や髪の色も黒以外でも構わなくなったんだぜ。確かに、女子生徒の下着が白って言うのはやりすぎだと思ったけど、前髪や髪の色なんかを規制できないと風紀を維持するのは意外と難しんだ」

「そんなもんか」

岩男が言った。あまり興味がなかったようだ。そっけない岩男の態度に勉は残念がったが、いつものことだと思った。

「もっとも、ヤンキーやっていた岩男には関係ないか。それでも、俺たちが社会人になった頃と今とじゃ社会の在り様も全く変わったよ」

岩男は首を傾げた。

「どうな風に?」

「それやぁ、俺たちの20代の頃は終身雇用で、一流企業に入れば安泰だった。だから、女性は三高の高額所得・高身長・高学歴があれば大抵の女はいちころだった。今は銀行でも倒産するほど企業は安定していないし、年功序列で偉くなるわけでもない。日々キャリアアップしないと気づいた時にはロッカー赤紙が貼られている」

「おまけにどこぞの首相が男女平等を掲げて女性の社会進出を後押ししている。そのために会社の役職の数割は女性でなければならないと御布令を出しているのさ。女性の役割が家庭から社会へ変化すれば、これまであった男は会社で女は家庭なんてのは通用しなくなる」

公民館の長テーブルに置いてあったペットボトルを一口すると勉は話を続けた。

「俺たちは、前時代のシステムを押し付けられ社会人になった。でも、今はそれを全否定され、今度は今のシステムに従えって言われてるんだぜ。若いうちは上から鉄拳制裁を受けても我慢して自分が上の立場になれば楽になれるって思っていたのに、自分が立場が上になった今じゃ鉄拳制裁は暴力で強めに言えばパワハラ、気の利いたジョークはセクハラさ。挙句の果てに下から職場でため口をたたかれる始末さ。やってられんよ」

岩男は酒も入っていないのによくしゃべる奴だと感心した。

それでも、自分たちが若い頃は年上の言うことは絶対だったし、殴られても我慢するしかないかったのは確かだった。また、結果的にそれが根性につながり苦しい時に役に立ったのも事実だった。

確かに今思えば、繁忙期にイチゴの収穫のバイトにくる子たちは粘りがなかった。ちょっと強めに言うと次の日からバイトに来なくなるのも日常茶飯事だ。でも、そんなものも時代の影響だとは岩男は知らなかった。

考えに耽っている岩男に勉が言った。

「気をつけろよ、桜子ちゃんだって自然と今の価値観に変化しているかもしれないぜ。女性は時代の空気を敏感にキャッチするからな」

彼の言った桜子とは岩男の奥さんだ。岩男と桜子は学生時代からの付き合いで結婚に至った。そのため勉とも面識があった。

「男ってのは不器用で時代の変化に、はいそうですかって自分を変えることができない。それに比べ女は、時代と共に変化して時代に合った生き方ができるもんだ。」

岩男は自分が前時代人であることを少し理解した。自分は口数も少ないし何かをするにしても自分で決めてしまう。女は3歩後ろを歩くのが当たり前だと思っている。そう親からも社会からも無言の教えを受けていた。

「時代か・・・」

岩男は呟いた。

「皆さん遅くなって申し訳ありませんでした」

へこへこと頭を下げながら大家町長がやってきた。町長なんてもんがそんなに忙しいのか岩男にはわからないが、いつも大家町長は遅れてくる。あたかも自分が登場人物の大トリであるかのように。

「それでは、町長もお見えになったことですし、定例会議を始めましょうか」

会計の升さんが言った。

こうして特に生産性のない会話をしながら定例会議は進むのだった。


つづく


最後まで読んでいただきありがとうございます。この物語は定期的に続いていきます。気になる継続して読んでいただけると嬉しいです。

みれのスクラップさん画像を使用させていただきました。

毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますので、よろしくお願いします。
no.134.2022.09.02


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