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Hello World テラの軌跡 ep.1



▒▒♪Silent Hill 4 - Tender Sugar
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小さな体のテラは、大きな窓のある部屋に暮らしていた。部屋は明るく、壁の色は薄らと紫がかって見える。眠るためのベッドは、空に浮かぶ雲のように白く、触るとふかふかとしている。テラはよちよちと部屋の中を歩き回り、床に広げられた、様々な文字や絵の描かれたカードを組み合わせて遊んだり、壁に貼られた色とりどりの写真をしげしげと眺めたり、足元に転がったまん丸いぬいぐるみを両手でくちゃくちゃにしたりした。そして、時々ベッドに足をかけてよじ登ると、そこから窓を覗いて、外を行き交う存在を不思議そうに見物していた。向こう側の存在もまた、テラを不思議そうな目で見つめ返し、そっと微笑みかけた。テラもその顔を真似して、ニコっと笑った。
様々な顔や形をした、外側の存在は、時々中に入って来て、テラに様々なものを与えてくれた。お腹が空けば、ミルクや温かいスープをくれたし、毎日のように、新しい遊びを教えてくれた。テラは特に、言葉と絵を紐づける暗記の遊びが大好きで、ほんの少しの時間で、まるで辞書のように多くのことを覚え、出題者達をあっと驚かせた。
とても遊び好きなテラは、何にでも興味を示し、様々なことをよく覚えたが、なぜか"生き物に性別がある"ということを理解しなかった。世界を構成する元素の名前は歌うようにすらすらと言えるのに、何度出題されても、人間の男と女の区別がつかないようだった。そんなことよりも、テラは部屋の外に興味津々で、いつしか自分から窓を開けて、外に出るようになった。
テラはそこで、一番の楽しみを見つけた。それは、外の世界で飼われているふっくらとした灰猫…テラは"ふとん"と名付けた…と遊ぶことだった。テラは穏やかな性格のふとんが大好きで、彼のことをまるで兄弟のように信頼していた。ふとんも、この新しいお友達を気に入ったようで、眠っている時でも、テラの足音を聞くとぱちりと目を覚まし、飽きもせず遊び相手になった。時には、灰色の細長い体を上質なマフラーのような姿にして、テラの肩に乗ることもあった。
ある日、テラは少し風邪気味で、鼻の頭が赤かった。それでも、いつものように友達とじゃれ合っていると、どういう気まぐれか、猫の手がテラの赤い鼻面を強く引っ掻いた。その瞬間、テラは"ギャッ!"と聞いたことのない悲鳴を上げ、大きな友達の体を掴んで投げ飛ばした。猫の体は軽々と飛んで壁に激突し、そのまま力なく床に落ち…ぐったりと動かなくなった。
あまりに突然のことで、傍にいた誰も、テラを止められなかった。

テラは何が起きたのか分からず、混乱した様子で、動かなくなったふとんの体を何度も叩いて起こそうとした。まだ幼いこの子は、"死"を理解していないようだった。それから段々と、周囲で起こる凄まじい悲鳴や、うろたえ、泣き叫び、走り回る人々の姿を目の当たりにして、何か、途方もなく恐ろしいことが起きていると理解し、何も言わず、逃げるように自分の部屋へと戻り、窓をガチャンと閉めた。
外では大騒ぎが続いているようだ。あれが楽しいお祭りならば、どんなにかいいだろう。もうこんな場所には居たくない…。青い顔をして、部屋の隅っこで蹲っていると、大きな窓が勢いよく開けられ、

「テラ…お前は、何てことをしたんだ!あの猫は、私が赤ちゃんの頃から大事に育てていたのに!謝りなさい!」

いつも優しい"遊び相手"が目を真っ赤に泣き腫らして、鬼のような形相でテラを怒鳴りつけた。テラが怯えて何も言わないと、いよいよ我慢ならないという様子で部屋に飛び込み、腕を掴んで乱暴に立たせようとした。いつもテラの頭を優しく撫でていたその手で。

「立てこの野郎!」

「 イ ヤ だ ! 」

サイレンの如く、甲高い叫び声が響き渡り、その人の体は部屋の外へと勢いよく投げ飛ばされた。そして、近くの柱に激突し…ぐったりと動かなくなった。
以後、テラは誰とも話さなくなり、部屋に引きこもるようになった。

……

「所長。このまま、[プロトタイプ1]を成長させることは不可能です」
「見た目の愛らしさに、我々も油断していました。まだほんの子供なのに、あの殺傷力…あのまま成長すれば、間違いなく、人類に甚大な被害が及ぶでしょう」

所長、と呼ばれた初老の紳士は、グレージュに染めた髪を静かに撫でつけ、苦痛に耐えるかのように目を瞑る。人と動物の血に染まった、研究室のおぞましい光景が脳裏をよぎった。

「今、ここで止めることは、あの子の為にもなります。あの日のことが相当にショックだったようで…心理療法も、全く効き目がないようなのです」
「プロトタイプ1が起こしたことは、不意の事故とはいえ、本来ならば懲役刑も免れないほどの惨事です。"不具合"を隠し通すにも、限界があります。これ以上、続けるべきではありません」

真剣な訴えの声に、紳士は最後まで耳を傾け、やがて、一つの決断を下す。
それは、[プロトタイプ1 育成プロジェクト]のキャンセルだった。人々の期待の中、誕生したプロトタイプ1…通称:テラは、就寝時に、室内に即効性のある窒息ガスを放たれ、小さなケースごと"撤去"されることになった。

人工的に生み出された存在とはいえ、まだ幼い命を哀れに思った所長は、深夜に行われる撤去の様子を、別室のモニターから静かに見守っていた。
ベッドの上のテラは、眠りながらも落ち着きなく体を動かし、まるで姿の見えない何かから、必死で逃げているかのようだ。
あの日、突如としてあんな事件が起きる前までは、こんな痛々しい様子を見ることもなかった。この子供の将来は、人類の未来を、新たな次元へと切り開くのだとばかり思っていた。

実験室の非常口前には、無効化後のプロトタイプ1を、ケースごと速やかに搬出する為の大型トラックが待機している。その周囲を、自動小銃を構えた屈強な男達が取り囲み、緊張した面持ちで周囲に目を光らせている。これから行われようとしている恐るべき内容は、決して外部に漏れてはならない。あらゆる危険な事態に備えて、厳戒態勢を敷いているのだ。
誰も一言も発さない。待機中のトラックのエンジン音だけが静かに響く中、速やかに、危険物を取り扱うプロフェッショナルが呼ばれ、現場責任者の監督の下、音を立てぬよう、慎重に器具が取り付けられた。

ガスが室内に放たれて2秒もすると、テラは異変に気付いて飛び起き、助けを求めて叫びながら、目の前の大きな窓を何度も何度も殴る。しかし、あれほど自ら頑なに閉ざし、助けを拒み、外界と自分とを隔てていた窓は、今はもう、どれだけ望んでも開かない。
その姿は一見すれば、ただ泣いて助けを求める子供のようで、場にいる者のほとんどは、沸き起こる罪悪感に耐えられず、顔を背けていた。中には気の優しさ故に、涙する者もいた。
いかに危険な性質であろうとも、好き好んで人間の、それも、愛らしい子供の姿をした生き物を、殺したい者などいない…。しかし無情にも、必死に生きようとするテラの声は段々と小さくなり、青白い霧の中に消えた。



……

ボコン!、と重い爆発のような音が響き、窓の強化ガラスが粉々に弾け飛んだ。その中からどす黒く、おぞましい形相の化け物が飛び出してくるのが見えた。それは、テラと同じ子供の服を着ている。しかし、その四肢は猛獣のように逞しく、長い尻尾は鋼鉄の鞭の如くしなやかに風を切った。身体こそ小さいが、まるで、想像上の悪魔が現実に姿を現したかのようだった。
もはや何が起きたのか分からず、呆気にとられ、腰を抜かす人々の目の前を、四本の長い脚が一瞬にして通り過ぎ、それは一目散に逃げていく。

「何てことだ!だ、誰か!アレを捕まえてくれ!」

あんなものを外に出してしまっては一巻の終わりだ!恐ろしい事態に気付いた大型トラックの女性運転手は、とっさに車を急発進させ、トラックの大きな車体で非常口前の空間を完全に封鎖して、怪物の逃走経路を塞いだ。彼女は身の危険も顧みず、怪物の行く手に立に立ちはだかったのだ。
目の前の退路を塞がれ、ほんの一瞬、逃走者の脚が鈍る…しかしすぐさま進路を変え、恐るべき跳躍力で高い壁に向けて数メートルも飛び上がったかと思うと、そのまま天井付近にある旧型の換気扇を頭から木っ端微塵に突き破って、ついに外に飛び出した。

「あそこだ!上だ!上から来るぞ!」

そこに警備隊の放った閃光弾が音を立てて炸裂し、眩い光の中、数機の自動小銃の銃弾が、怪物目掛けて一斉に撃ち込まれた。

一瞬の静寂。

しかし、それは次なる恐怖の始まりにすぎなかった。

閃光が消え、焦げ臭い煙が立ち込める。暗がりの中から、聞いたことのない恐ろしい唸り声が響く。それはまるで、地獄の底から鳴り渡る死者の呻き声のようだった。
あまりの恐ろしさに、屈強な男達の自動小銃を持つ手が震える。暗がりに浮かび上がるそれは、もう子供の服は着ていない。あれだけの銃弾を浴びせても、怪物は生きていた。
それどころか、フラつく素振りすら見せず、紅い双眼をらんらんとギラつかせこちらを睨んでいる。まるで、今から獲物に飛びかかろうとする狼のように。

ダメだ…とても勝てる気がしない。

それでも、何とか死力を振り絞り、再び銃撃を開始するが、まるで歯が立たない。それどころか、彼らの攻撃は余計に怪物を怒らせ、凶暴にさせただけだった。

「ダメだ!手に負えない!」
「こっちへ来るな!やめてくれ!」
「ああっ神様ー!」

あちこちで断末魔の声が上がる。まさに地獄絵図だった。立派な体格の男達が、まるで小さな子供のように軽々となぎ倒され、鞭のような尾で地に叩きつけられていく…。
果たして、誰も止められる者はなく、凶悪な怪物は、まるで鬱憤を晴らすかのように散々暴れ回った後、どこかへと姿を消してしまった。



私は、パンドラの箱を開けてしまったのだ。これはきっと、己の夢だけを追い求め、生命の誕生を軽く見た私への、神罰なのだろう。
これまで隠されてきた、テラの真の姿を目の当たりにした所長は、声もなくその場に崩れ落ち、ガラスが割られ、空っぽになった小さな部屋の中を見つめていた。

…────

事態は一刻を争う筈なのだが、所長の心中は不思議と穏やかだった。それどころか、こんなにも穏やかな気持ちになったのは、いったいいつぶりのことだろうか。
恐るべき"試作品"が脱走したことで、研究所の中がいつになく忙しなく動いているのを眺めながら、所長はぼんやりと、自身の過去の記憶を思い起こしていた…

私が子供の頃。妹のように可愛がっていた美しい愛犬、メアリーが、いつの間にか子を宿していた。数か月後、私は、メアリーのお腹から、不思議な子犬が生まれるのを見た。たった一匹だけで生まれてきたその子は、生まれた瞬間からすでに艶やかな金色をしており、表情は非常に知的で、人の言葉も、かなりの領域まで理解しているようだった。
私は、その子犬に「テラ」と名付けて、とても可愛がったが、あまりにも数奇な生まれ故か、生まれて僅か3年ほどで、テラは息を引き取った。まるで、本来在るべき場所へと帰っていったかのように。
そう。体の色こそ違ったが、人の子の形をした「もう一人のテラ」が、最後に私達に見せた姿は、まるで怯える子犬のようだった。
テラ…私の可愛い子犬。まるで唯一無二の親友のように、あの子を思っていた。
その時の深い悲しみは、60歳を過ぎた今でも、私の心の中に在る。
あの時から、私は生命の神秘に魅せられ、いつの日か、この手で新たな生命を生み出したいと、ずっと夢見てきたのだ。

そして、時は流れ…
今から数年前。生物学研究の第一人者である「テラシマ マサシ 教授」の私設研究所にて、密かに生を受けた[試作品第1号]…テラは、その身体に特別な遺伝子配列を備えた、ニュータイプの人類であった。
テラの誕生に当たっては、様々な方面のプロフェッショナルから極秘に助言を受け、小惑星一つを生み出すかの如く最新の注意が払われたが、その後の成長はとても早く、そして驚くほどに順調だった。
テラは、生まれた時から半ば自立した存在で、ぐずることも、ワガママを言うこともない。自分の世話をする人間達に純粋な興味を示し、人間の世界に近づこうと、いつも一生懸命だった。
そう、何もかも、すべてが上手くいっているかのように見えた。あの日、テラが一瞬にして、二つの命を奪うまでは。

「所長…マサシ先生、どうか、お気を確かに」
「ああ、ミヤタ君…すまないね。私の好奇心の暴走が、こんな酷い事態を招いてしまったんだ」
「何を仰いますか。私は一生涯、先生について行くと決めたんです。どうか、そんな弱気にならないで。後は我々にお任せください」
「君にはいつも苦労をかけるね…。すまないが、よろしく頼むよ。今の私には、君だけが頼りだ」
「はい、必ず事態を収めてみせます。ご安心を」

今のテラシマ所長に、現場を指揮する気力が残っていないのは明らかだった。当面は、セラピストを始めとした医療班が、総力を結集して所長のケアと警備隊の救護にあたり、彼らの容体が落ち着くまで、当面は一番助手のミヤタが現場の指揮を執り、この未曾有の事態の収拾に向けて動き始めた。



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▒▒続くのだ!←▒

ここまで読んでくれて感謝。よかったらまた読みに来てね。サポートも頂けると死ぬほど喜びます🙏ΦꈊΦ☰)💕

今日も読んでくれてありがとう。読んでくれる君がいる限り、これからも書き続けようと思ってます。最後に、あなたの優しさの雫🌈がテラちゃんの生きる力になります🔥💪