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【Review】2021年J1第30節 川崎フロンターレVS.湘南ベルマーレ「化けそうなアンカー田中と深くまで進入しない山根」

はじめに

 2021年J1第30節の川崎フロンターレは、2-1で湘南ベルマーレに勝利しました。前節鹿島戦に続いて先制される展開でしたが、最小失点のまま試合を進め、最後は知念のロスタイム弾で見事な逆転勝利を収めました。久々の等々力開催のリーグ戦でこのようなドラマは、まさに等々力劇場でした。

 湘南としては前回対戦に続いて先制に成功するも、逆転負け。この日は前半を有利に進めていただけに、悔しさの残る結果となったでしょう。勝ち点を積み上げられずにリーグ戦は16位のままで、残留争いは最後まで続きそうです。

巧みな2トップと化けそうなアンカー

 湘南は2トップの大橋と町野の関係性が良く、川崎が前半手こずったのも彼らのプレーによる部分が大きいです。最も効果的だったのが大橋の裏抜けと町野のポストプレー。こう書くとありきたりな2トップの役割分担に見えますが、ちゃんとやった分だけ、ちゃんとリターンのある基本的なプレーだと感じさせられます。
 彼らのミッションの一つがボールを奪って攻撃に移る時の盤面を整えること、いわゆるポジティブトランジション時に重要な役割を担っていました。それが川崎の守備を後ろ&中央に寄せること。こうすることで湘南の強みであるWBの鋭い攻撃が活きてきます。
 言葉で書くと難しい話ではなく、大橋が裏抜けすることで川崎の最終ラインを押し下げ、同時に町野が中央でボールを受けることで中央に寄せさせる、ただそれだけです。
 ですがその精度が非常に高く、川崎は苦しめられます。たとえば町野は味方のボール奪取位置を予測し、奪った時にはボールサイドにポジショニングしているため、カウンターのスピードを殺しません。一方で大橋は斜め方向で走り、マークの受け渡しを発生させることで混乱を生じさせます。特に車屋と比較してスピード耐性に弱点を持つ山村サイドに走っていたのはスカウティングによる判断でしょう。
 こうした基本形に加えて、細かいコンビネーションが光る場面もありました。ボール奪取の瞬間には近くにポジションを取ることで、局所で2対1を作り、そこから動き出すことで

 2トップが役割を果たす上で忘れてはならないのが中盤の3センター。町野の周囲でこぼれるボールの回収能力は高く、機動力の高さを見せつけていました。中でもアンカーの田中は湘南の選手としてはイレギュラーな感じがあり、今後化けそうな予感がしました。雰囲気だけだとガンバ大阪の山本選手と近いものを感じます
 特徴は技術力の高さと縦パスの質の高さです。まずトラップの質が高く、狭いエリアでも恐れずにプレーができます。川崎が即時奪回しきれなかった一つの要因でもありました。
 そして攻撃のスイッチを入れる縦パスの質の高さ。もちろん町野のポストプレーも素晴らしかったのですが、その前段として田中のパスが丁寧でトラップしやすかったことも町野のプレーを支えていました。選手の間を狙って通されるパスは、一気に川崎守備陣を無力化しており、なかなか厄介な選手だったと思います。
 逆にいうと後半田中が機能しなかったのが、攻勢に出られなかった一因でしょう。川崎が433に変更し、田中の近くにIHを侵入させることが増え、その対応に追われたため、攻撃にエネルギーを残せなかったように見えました。山口監督が三幸をアンカーに、田中を左IHにポジションチェンジをした意図は、その負担を軽減しようとしたのだと思います。結果的にはあまり変わらなかったようですが。

442に適した判断基準

 前半、湘南に攻め込まれる時間が多かった理由の一つが442のシステムにあるように思います。しかし442が悪いのではなく、湘南相手に442なりの正しいやり方が出来なかったのが適切な言い方になります。
 特にダブルボランチの判断に2つ気になる点があり、1つがボール保持時のポジション。最終ラインからボールを運ぶ際に、ダブルボランチ両名が片方のサイドに寄るシーンが多く見られました。そのような場面でボールを奪われると、ボランチの防波堤がなく、カウンター耐性の低い守備陣形のまま攻め込まれることになり、失点の可能性が高まります。
 実際、川崎の失点場面は、左サイドからのビルドアップの際に、谷口と脇坂がどちらも左に位置していました。そうした状況で湘南にボールを奪われ、右サイドにボールを運ばれたため、ボランチのカバーリングが間に合わず、山村が釣り出されてしまいます。始めのズレが連鎖して、最後ゴール前のスペースを許してしまい、田中にゴールを決められてしまいました。
 ビルドアップ時にボランチ2人とも寄ってしまったのは、ボランチに慣れていない2人からするとある意味仕方がなかった気もします。試合後コメントで脇坂が述べているように、常にボランチ2人共が片方に寄る必要はなく、もう少しポジションバランスよくビルドアップができれば、攻められる回数が減ったかもしれません。

脇坂「前半、多少重たくなってしまったところがある。センターバックとボランチ1枚でボールを回せたと思うので、そういったところをより早めに気づけるようにしなければいけない。」
(引用元:川崎フロンターレ「ゲーム記録:2021 J1リーグ 第30節 vs.湘南ベルマーレ」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2021/j_league1/30.html>)

 もう1つが4人での横幅いっぱいの守り方。普段5人で守っている横幅を4人で守らなければならないので、感覚のチューニングが必要です。どこまで絞らなければいけないのか、逆にどこまでサイドに出ても大丈夫なのかなど。
 特にボランチの2人は組んだことが少ないこともあり、ボールを持っていない時の距離が遠く、間を通されることが多くありました。町野に度々ポストプレーを許していた1つの要因でもあり、湘南に勢いを与えてしまうポジショニングでした。
 いずれにせよ442に適した判断基準ではなかったために押し込まれた前半と評価できます。再度強調しますが、決して442が悪いのではなく、自分たちの方針に合った判断基準でプレーすることが重要だということです。最近は433との併用にトライしているようですが、そのあたりのチューニングもできるようになると、より脅威が増しそうです。

 ちなみに1つ残念だったのが失点シーンでの谷口のポジショニング。もちろん湘南田中の飛び込むタイミングが秀逸だったのは前提ですが、それでも谷口にはシュートを打たれたゴール前スペースは塞いで欲しかったのが本音です。CBを主戦場としてきた谷口であれば、ピンチの嗅覚が鋭いはずなので、あの場面は抑えてほしかったです(厳しいですかね…)。

山根の判断基準の変化

 後半盛り返した理由や知念の良さなどは他のレビュワーの方にお任せして(笑)、ここ最近の山根のプレー判断に変化があるように感じたので、ちょっとだけ考えてみます。ちょっとだけです。
 ざっくりいうとアーリークロスが増えた気がします。これをもう少し俯瞰して捉えると、浅い位置(PAより低い)から崩そうとするプレーが増えたと言えます。この日の1点目のアシストのような、深い位置まで侵入せずにクロスを上げるプレーです。

 プレー判断の変化の理由の一つに相手陣地奥深くまで進入できる回数が減ったことが挙げられます。湘南戦に関しては違いますが、直近の札幌戦から鹿島戦まで、川崎は30mエリアへの進入回数が平均を下回っていました。それ自体の要因もさまざまあると思いますが、奥深くまで進入できない時の打開策を求めていたのかもしれません。
 これまでであれば進入できない時は、「どうやって進入するか」の方向で試行錯誤していたように思います。しかし最近は「進入しないでどうやって崩すか」を考えているように見えて興味深いです。
 おそらく右サイドを組む相手が変動するようになったことが影響しているのでしょう。家長で固定ではなく、遠野や小林とも組むことが増えたため、彼らの特徴に合わせてプレーを判断しているのだと思います。たとえば小林であれば、右サイドに流れて連携して崩すよりは、中央に入ってもらってそこにボールを供給した方が確率が高い、といった判断をしているのでしょう。

 元々攻撃参加に定評のある山根ですが、パスでチャンスを演出することにチャレンジしているように見えます。それが目に見え始めたのが第23節の大分戦で、斜めのスルーパスでダミアンの得点をアシストしています。
 この意識の変化を推測するに、一つがSB像の世間的な変化。偽SBやカンセロロールなど、SBに求められる能力が変化しつつあるサッカー界において、そこに適応しようとするのは自然な考えで、攻撃面での幅を広げたいと思っても不思議ではありません。酒井や長友などの代表クラスのSBがJリーグに復帰したのも刺激になったのかもしれません。
 もう一つはスタミナの温存。タフネスさはチーム随一ではあるものの、海外含めてアウェイ連戦が続くこともあって少し疲労が見える場面もありました。山根自身もそこを自覚した上で、そんな中でもフル出場を続けるための工夫として、上がらずに攻撃参加する方法を編み出そうとしているのかもしれません。鬼木監督としても山根の代役を見つけられていない現状から、そういったプレーを求めていてもおかしくありません。

 という感じで軽く考えてみました。この変化は今後も続くように思うので、この日のようなクロスからのアシストは増えそうです。次節からは山根のプレー判断に注目してみると面白いかもしれません

おわりに

 久々の等々力劇場は最高ですね。DAZNでの観戦でしたが叫んじゃいました。レビュー書くときの見直しでも叫んじゃいました。それくらい最高でした。こうした光景を新加入のマルシーニョにも感じてもらえたみたいで良かったです。

マルシーニョ「初めての等々力陸上競技場だったが、とてもいい雰囲気のスタジアムだった。制限されている中でも、サポーターの皆さんがスタジアムに足を運んでくれた、皆さんの後押しがあったからこそ、このような喜ばしい結果につながったと思う。[…略…]皆さんの応援があれば、また今日のような勝利を収められるんじゃないかなと思っている。」
(引用元;同上)

 次は中2日でホーム神戸戦となります。今夏に武藤と大迫を補強するなど、巻き返しに力を入れている神戸。最近は白星が先行し、ACL圏内が視野に入るリーグ4位に付けており、好調さが伺えます。
 川崎は怪我人の復帰や新戦力のフィット、そして知念の復調などのチームとして好材料が揃いつつあります(こうなると長谷川にも期待したい)。ひとまずはサブメンバーも含めたチーム力で、今週の2連戦を乗り越えていきましょう。

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