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作家殺し【短編小説】#あとがき

あとがき


「完結したな」

「なんのこと?」

「昔流行ってた漫画だよ。男が化け物ばかり産ませるやつ」

「ああ、あれね。結局どうなったの、化け物たちはやっぱり主人公を食べちゃったの?」

「いや、化け物たちは主人公である父親を探して、自分の母親の事を聞きたかっただけだったっぽい。どんな化け物も母親の愛情を求め、自分を産んだ母親がどんな人物か気になるってことらしい。自分たちで食っちまったのによ。それに、いちいち覚えてる訳ないのに。つまらなかったよ」

「ふーん」

「結局あの漫画は、化け物の設定が斬新だったんだろう。人間の皮膚、人間の顔を別の生き物に当てはめると、俺たち人間は自分たちと違う部分をもつ生き物を、化け物として括ってしまうからな。蟻やナメクジ、象や麒麟なんかもみんな人間のパーツに置き換えて描かれていたし。俺が印象に残ってるのは、人間の姿をした蟻たちが容赦なく、本当の人間たちに踏み殺されているシーンだったけど、この作者は何か命や生命について表現したかったんじゃないか、そう感じたのを覚えてる」

「昔の大和なら好きそうな設定だね」そう言って鳥羽は続ける。

「にしても、その主人公は一体何人の女とやったんだよ」

鳥羽の言葉に大和は微笑んだ。

「はは、漫画だからな。前にも言ったと思うが、言葉の通り、虱潰しに、だ」

「なるほどね、僕には理解できる領域じゃないね」

「はは、でも一人とはやったんだろ?」

「まあね」

「きっと大和があんな子を連れてこなければ、僕たちはこんなことにはならなかったと思うよ。まだ僕の事を疑ってるなら、怒るよ?」

「まさか」

「僕はどんな味がした?」


こんな会話をしている気がする。そんなインスピレーションがわいた。

 鳥羽はじめはデスクのPCを起動して、ワードの原稿に打ち込んでいった。ある公募に彼についての伝記を応募すると、新人賞を受賞し「鳥羽はじめ」としてデビューを果たした。カニバリズムの世界に、それも作家として入り込んでしまった鳥羽はじめは、動揺を隠せずにいた。よりによって、この伝記が、と思わずにはいれない。奇しくも、大和誠治の事を記したこの伝記は、彼自身を世間に面白いか面白くないかを問いただす、彼がずっと望んでいたモノとなった。

 この伝記は世間にじわじわと広まっていくが、大々的にメディアなどで扱われることはなく、作家、鳥羽はじめの名も、ある一部のファンをつくるに留まり、次の作品を出す前に世間には飽きられ、忘れられてしまい、自分の身の回りの人間に知れることはないだろうと、鳥羽はじめは高をくくっていた。

 特に、カニバリズムを極端に嫌う、大和誠治という人間の耳になど届かないかもしれない。でも、もしも彼の目に着くことになれば、面白いものが見れるだろうとは考えていた。そう思うと、受賞した日から興奮が冷め止まなかった。

 大和誠治は人生を懸けて自分が面白いのかどうか、その答えを求めてきたのに、友人を食い殺して自分はマンションから飛び降りて自殺してしまった。

 世間ではこの杉並区で、飛び降り自殺と猟奇的殺人事件が起こったことが取り上げられるが、かつて人肉を食すイベントが取り上げられた時のように、一時的な話題性を呼んだだけで、直ぐに世間からは忘れられてしまった。しかしネットには幾つもの記事が残ることになった。

 事件の概要、加害者、被害者の名前、年齢、出身校、職場などの簡易的なプロフィールも明らかになっている。そして鳥羽はじめはある記事に辿り着く。

 それは、事件に酷似した小説の話が、某新人賞に受賞している。とあってリンク先が貼られていた。

 リンク先に飛ぶと、鳥羽はじめは自分の情報が洗いざらい掲載されている事に驚いた。

 鳥羽はじめ、日本の小説家。本名は岸上兼子。旧姓西上、代表作「伝記」と書かれている。他にも経歴や、受賞歴、家族構成まで載っていた。中でも自分がお笑いコンビを組んでいたことまで載っているのには心底驚くと同時に、やがて自分の元に事件の参考人としてお呼ばれするのも時間の問題だと悟った。

 私もどこかで行き過ぎたところがあったのかもしれない。と反省の念を抱く。好きなアニメや漫画のキャラクターになりきり、クオリティが高いと周りがもてはやし、やがてキャラクターだけでは満足がいかず、自分以外の生身の人間になり切ろうとした。自分に自信がなく、他者にばかり目が行ってしまった成れの果てだ。みんなどこか歪んでいる。そんなことをふと思った。

 大和誠治は結局、生涯を終えるまでに二人の人間を食い殺したことになる。あれだけ、人が死んでしまう作品を毛嫌っていたのに、誰彼構わず登場人物に共感を試みようとしたがために、こんなことになってしまった。彼は人を殺す登場人物たちに共感することはできたのだろうか、彼に聞くことなく別れてしまったことは悔やまれる。

 彼が自殺を図ったのは、自分のしてきたことに対する懺悔なのか、それとも別の理由からなのかは分からない。食い殺された内一人は、紛れもない彼の友人だった。彼の事を、面白い人間だと思い、自分の世界を見てみたいと本心から言ってくれたただ一人の人物を、私が鳥羽一の名前を使ってデビューしてしまったばかりにだ。

 きっとあの伝記の読者達は彼に対して様々な印象を抱くことだろう。

 そしてこれはあくまでも私個人の見解になるが、恐らく彼は自分が誰かを食い殺し、自殺をするような人生を送るなど思いもしなかっただろう。勿論、私もその一人だ。確かなのは、私と彼とでは、面白いと感じる要素や定義は違ったということ。

 私たちに共通しているのは、それぞれが自分の面白いと感じるものを求めているということ。

 好きな作家がいれば、その作家の新作に餌を与えられた生き物のように飛びつき、時に至極のひと時を味わい、時に渇きを味わう。小説なんかの作品には必ず、自分以外の誰かがいて、感動し、共感や憧れを抱き、また時に憐れみや落胆、絶望したりする。けれど、それらはあくまでも誰かの作り出した世界であって、現実と混同してはいけない。

 私がモデルにした彼らを見て感じたのは、読書というのは時に、狂気に繋がるものだということ。そして作品が存在していれば、作家なんて生きていようが死んでいようが、どちらでもいいんじゃないか、ということだ。どんな形で関わるにせよ、現実の死とはそんな苦味を持っている。

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