第29回: 考察「訪日ムスリム旅行者対応のためのアクションプラン」

2018年6月18日掲載

先月、日本の観光庁が「訪日ムスリム旅行者対応のためのアクションプラン」を発表しました。「『多様な宗教的、文化的習慣を有する旅行者への受入環境等の充実」による『世界が訪れたくなる日本』の実現』との副題がつけられ、これまで以上に具体的な施策が述べられています。今回は関係省庁が連携してまとめたという、このプランについて考察します。

現実的かつ具体的なプラン

観光庁による訪日ムスリム旅行者の対応策としては、2015年に作成された「ムスリムおもてなしガイドブック」があります。これは当時徐々に増えつつあった訪日ムスリム客にどう接遇するのかについて、基本的な知識を中心に解説したものでした。特に食事については、インバウンドにおいてもハラール認証が必須といった誤解が広まっていた中で、当時から「認証取得の前に情報開示対応を」と適切な方策を推奨していました。

今回発表されたアクションプランでもその方針に変更はなく、むしろ「できることから始める店舗を増やす」として、量の改善を主軸の一つとしています。また質の改善策として郷土食のハラール化を打すなど、本連載の第4回でご紹介した、ご当地ハラールメニューに通じる方針を示しています。こうした受入れ環境の整備と誘致の促進について、具体的に5つの項目(「知識啓発」「食事環境」「礼拝環境」「情報提供」「プロモーション」)と14の具体策を示していますが、さて日本の飲食店舗は対応を本格化させることができるのでしょうか。

減り続ける調理師が問題に

アクションプランの中で特に興味深いのは、調理師を対象とした研修を支援するという点で、これまでの推奨から一歩踏み込んだ感があります。これは私の経験値からですが、調理師の方の多くはレシピを変更したがりません。こだわりの食材、こだわりの調理、こだわりの盛り付けで、自分が創りたい料理を自分流に創りたいという方が多いのです。特に中小零細個人の飲食店舗では食の多様性対応に関する知識も少ない上、外国人への対応となると拒否反応を示す方が少なくありません。そうした中で対応の鍵を握るともいえる調理師に焦点を当てたことは注目に値します。

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チャートをご覧の通り、実際に就業している調理師の数は減少傾向にあります。私は日本における食の多様性対応が遅れている原因の一つは、この調理師の高齢化・減少化によるところが大きいと考えており、今後日本の伝統料理にも影響を及ぼしかねないと危惧しています。現に日本を代表するスターシェフは外国料理を専門としている上、その数もミシュランの店舗数ほどは多くないというのが現実です。

観光庁のアクションプランでは「実際の調理現場で生じてくる疑問や課題に対してどういう対応が適切等かを整理し」としていますので、現場の特性を考慮しながら、食の多様性対応を具体的に教えられる人材が求められます。そうした人材の育成を狙った調理師対象の講座も開かれていますが、増え続けるニーズに応えるだけの数には至っていません。今後は経験豊富な外国人調理師による講座も求められるかもしれません。

次は中東諸国、まずは接点拡大から

アクションプランでは、マレーシアとインドネシアを特に注力すべきターゲット国としています。加えて今後のプロモーションを見据えるエリアに中東諸国を挙げています。ただ中東諸国にはJNTO(日本政府観光局)の事務所がないばかりか、JNTOが発表する「訪日外客数」で中東諸国は「無国籍・その他」というカテゴリーで整理されています。かように日本と中東諸国の関係性はまだ薄い状況にありますので、まずはお互いを知ることが第一歩になります。

幸い中東諸国でも訪日旅行は関心が高まっています。例えば昨年1,000人超を引き連れサウジアラビアのサルマン国王が来日したのは記憶に新しいところで、訪日時のある一枚の写真が話題となりました。皇居で天皇陛下と会談した際のその写真は、陛下、皇太子殿下、通訳の3人と花瓶を置いたテーブルのみという空間を捉えており、きらびやかな装飾が多いアラブ世界とはあまりにも対照的で、質素で気品が溢れていると世界で評判になりました。
 
こうしたミニマリズム(最小限主義)はエコ、グリーン、エシカルといった世界のトレンドにも通じる部分があります。「モッタイナイ」DNAをもつ日本が、食の多様性にも適切に対応するようになるころ、今回のアクションプランは大きな成功を収めたと評価されるでしょう。

掲載紙面PDF版のダウンロードは以下から。
https://fooddiversity.today/wp-content/uploads/2018/06/180626.pdf


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