第31回: 2つのミスアンダースタンディング

2018年8月15日掲載

シンガポールで先日、「ハラールツーリズム・エグゼクティヴ・プログラム」と題したセミナーが開催されました。これはハラールツーリズムの格付けおよびコンサルティング事業を展開しているクレセントレーティング社(シンガポール)が主催したもので、私は講師の一人として招かれました。4日間の会期で共有されたのはハラールツーリズムの課題と対策で、日本にとっても示唆に富むものでした。

2つのミスアンダースタンディング
 
4日間のプログラムは全28時間、10のモジュールで構成され、11人の講師が登壇しました。その顔ぶれは地政学者、ツーリズム学者、イスラム学者、旅行業者、建築家、ホテルオペレーター、インフルエンサー(インターネット上で影響力を持つ個人)、マーケター、リサーチャーなどさまざまで、セミナーというよりシンポジウムの様相を呈していました。各国の事例紹介に加え、日本への期待と課題(特にラグジャリー=富裕層市場)が提起され、連日、熱のこもった議論が続きました。
 
2017年世界のムスリム(イスラム教徒)旅行者は1億3,100万人と、中国人旅行者1億2,800万人を抜いたと推定されます。そのムスリム旅行者の70%が36歳以下であり、彼らの旅行目的はレジャー80%、ビジネスとその他がそれぞれ10%と、非ムスリム旅行者と大差ないことが示されました。彼らはTime Poor(時間的余裕がない)で、すぐにインターネットにアクセスできる環境を重視しており、自分たちのライフスタイルを「特別扱いして欲しくないが、軽視して欲しくない」との調査結果が示されました。
 
聴講者として参加した南アフリカ政府観光局の方は「われわれはMisunderstanding(誤解)の上にMissed Understanding(理解する機会を喪失)していた」とプログラムを振り返りました。同国は近年ハラールツーリズムに注力し成果を上げていますが、今回のプログラムで新たな顧客層を発見したというのです。意外にも彼らからそう遠くない地域に。

欧州でもムスリムは急増している
 
次のグラフは欧州主要国のムスリム人口とその比率を示しています。10年に欧州全体で4.5%だったムスリム人口の比率は、30年には7.1%に達すると推定されます。中でもアフリカからの移民が多いフランスは30年にはムスリムが人口の10%超を占めると推定されています。2010年に1,800万人だった欧州全体のムスリム人口が仮に現在で2,000万人だとすると、それは今のマレーシアのムスリム人口に匹敵することになります。

第31回_図1_スクショ


最近、そうした状況が垣間見る機会がありました。今年開催されたサッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会です。優勝したフランス代表23人の中に7人のムスリムが含まれていたことが話題となりました。彼らはアフリカ系移民ですが、移民問題で揺れる同国で一躍英雄になったのです。逆にトルコからの移民三世であるドイツ代表のエジル選手は、「勝てばドイツ国民、負ければトルコ国民扱いされるのは、もううんざりだ」と言って、代表引退を発表しました。いずれも欧州でのムスリム急増を物語っていると思います。 

なお開幕戦はロシア対サウジアラビア戦でした。当日はラマダン(断食月)の最終日とあって、サウジ代表の中には断食を続けて試合に臨んだ選手がいたそうですが、こうしたスポーツと宗教行事を巡って各国は対応を迫られました。サウジは断食に関する特例を認めましたが、イランは認めませんでした。エジプトはムフティ(イスラム教の指導者)がわざわざ会期中の断食免除を発表。このほかチュニジアは練習試合の際、日没後にけがをしたふりをするよう監督がある選手に指示し、試合が中断している間、他の選手が飲食できるようにしたといいます。

課題はラグジャリー市場
 
セミナーでは日本に対して、ラグジュアリー市場の育成が提起されました。中東と欧州では高価格帯のムスリムフレンドリーホテルが増加しており、ムスリムが多いサッカーのフランス代表チームも利用しているとのこと。中東でホテル事業を展開しているホテルオペレーターによると、オマーンにあるムスリムフレンドリーホテルは宿泊者の60%が非ムスリムだそうで、必ずしもムスリム専用ではないブランドイメージづくりに成功しているようです。

第31回_図2_スクショ


このグラフは、5スターホテルが多い上位10カ国と日本でのその数を示しています。日本は16年時点で5つ星ホテルが28軒しかなく、上位10カ国に大きく水をあけられています。同年の訪日外国人客が2,400万人であったことを考えると、約86万人につき1軒という計算になります。訪日外国人を20年に4,000万人、30年に6,000万人に引き上げるという政府目標に照らせば、20年に47軒、30年に70軒の5つ星ホテルが必要だという計算になりますが、それでも圧倒的に少ないといわざるをえません。

これは、日本がツーリズム市場で高いポテンシャルを持っているにも関わらず、グローバルレベルのラグジャリーサービスを提供できていない事を示しています。考えられる理由としては、ほんの数年前まで日本人旅行者だけで十分需要があったホスピタリティー業界が、日本人が宿泊しない5つ星ホテルを開業する必要がなかったからではないでしょうか。
 
訪日外国人客は17年の2,869万人に増えましたが、先述の通り日本政府は20年に4,000万人、30年には6,000万人に増やすことを目指しています。ハラール対応はあくまで打ち手の一つとしても、観光立国を目指す日本にとって、5つ星ホテルの整備は新たなビジネスの機会であるとともに、世界から求められている喫緊の課題なのです。

掲載紙面PDF版のダウンロードは以下から。
https://fooddiversity.today/wp-content/uploads/2018/08/180828.pdf


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