見出し画像

透明日記「軽いからだの欠片」〜小説か詩〜 2024/06/18

朝起きると、からだが軽くって仕方ない。布団からトイレまで、猿になって跳ねた。ひょー、うひゃーという気持ちが顔中にあふれ、股を開いて金色の虹を出す。虹には虹の重さがある。からだはどんどん軽くなる。

トイレのドアノブを回すと、からだの方が回った。左足で壁を押さえ、ドアノブを回す。からだが軽い。ドアの隙間から気流が入る。目をつむってトイレから出る。玄関が広く感じ、爽やかな風が脳みそを洗う。

目を開けると、ここはどこだ。

淡い、オレンジの世界。ミルキーに燃える空が甘い風を運ぶ。どこまでも人がない。もこもこと岩が伸びている。岩と岩がくっついて、両側に崖をつくっている。谷のようだ。

なんだここは。玄関に、こんないい場所があったのか。

崖の岩肌を目指して、ひょいと飛ぶ。からだが軽くてバランスが崩れる。からだは湯船の屁のように、ゆっくり、わらわらと浮かんでいく。

甘い風にさらわれて、からだが崖の方へ飛ぶ。ひとつひとつの岩は、人がカーテンを被って立っているように見える。岩のてっぺんは、ずっと撫でていたいような気持ちにさせる、いい丸みだ。てっぺんで休もうと思った。岩肌が近づいてくる。足を伸ばす。足は、ぬるっと岩肌に滑るだけで、とうとう岩にはかからなかった。

崖を越え、甘い風を吸いながら、焼ける空を湯船の屁になったからだで、もうもうと抜けていく。

いつまでも飛ぶ。いつまでも飛んでいると、からだは甘い風でいっぱいになり、空にからだが溶けていく。からだが遠くに広がって、風のかたちがよく分かる。風は意外に固かった。固い風がからだを削る。少しかゆいような気持ちになって、掻こうと思うと、からだは風とひとつになって、なんだか眠たくなってきた。

空と一緒にただれていると、急にからだがぼわっとした。重たい抵抗を感じる。広がったからだは一箇所に集まり、湯船の屁のように、まん丸くなった。重たい毛布を押し返すように踏ん張っていると、トマトみたいに、野球のボールみたいに、鉄球みたいに、屁はどんどん硬くなり、苦しくて意識が弾けた。

朝は夜になり、ぼくは布団の上で足を伸ばして座っていた。両足が掛け布団に埋もれている。周りには、頭のネジがじゃらじゃらと転がって、寂しいような気持ちになる。

窓の開いたベランダに目をやると、大きな紺色の水盆に、月がぶよぶよ浮いていた。月は、シャクレになって、笑っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?