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透明日記「妄想で夜を越える」 2024/08/06

夜の一時半ごろ、暑くて、身体中がイライラとささくれ立って、目が覚めた。オカンがリビングで恋愛ドラマを観ていた。

リビングのクーラーで全室冷やすという感じで過ごしてきたため、クーラーの設定に合意が得られないと、オカンかぼくのどちらかが我慢をしないといけない。

暑いから、部屋を冷やそうと言って設定を変え、布団に戻る。すぐにまた、暑いと思って起きる。少ししてから、オカンが設定を戻したらしく、部屋が冷えない。眠れないのだと言って、クーラーを強くした。オカンは少し不服そうだったが、リビングを常夜灯にし、寝室に入っていった。

寝苦しいと、暴力的な気分が胸に満ちる。扇風機とか蹴倒したいという、ドス黒い、固体のようなエネルギーを胸の奥に感じる。

イライラした気分をどうにかしようと、思いつくことを書き出してみた。そのとき書いたのが以下の括弧内。
「がー、ぷー、ぺー。イライラする。暑いというのにクーラーの設定をオカンがすぐ変える。アホだ。アホすぎる。なめとる。むかつく。寝られへん。がー。がー。がー。べえべえべえべべっべべ。」

振り返るとアホくさい。書き出しても収まらず、布団を強く抱き締め、暴力を抑えた。布団を抱いていると、身体が暑くなる。少しして、布団は傍にどけた。部屋が涼しくなっているのに気が付き、しだいに暴力の気配も鎮まっていった。

それでもまだまだ眠れない。夜が永遠に続きそうで、今度は何やら寂しくなった。うっすら見える部屋が狭まっていくように、心がどんどん窮屈になる。胸の中の小さな部屋で、身動きが取れなくなるように感じる。眠れない夜は孤独だ。

心の防衛反応なのか、窮屈な胸の中から出ようとするように、ふと、自分が壁に留まる蛾だと思うようになった。

蛾。天井にも留まれるぞ。なぜか両足で立てる。壁や天井に両足で立つ、二足歩行の蛾。忍者のような、蛾男の妄想。しかし困ったことに、壁や天井に立っているときに、飛ぼうと思っても飛び方が分からなかった。蛾になって、ただ壁や天井に突っ立ていた。天井で上を見上げると、布団に仰向けの自分が見える。目を開けてこっちを見るのに、目が合っているという気がしない。何を考えているのだアイツは、と思う。飛ぼうと思うけど、やはり飛び方が分からない。少し壁を歩いたりした。棚に積まれた漫画が、やたらと大きいものに感じた。

そうこうするうちに、半睡半醒の混濁した意識が、テキトーに言葉やイメージを結びはじめる。リビングから、力士が稽古中に座布団を九枚もらったという、変なニュースが聞こえる。ルールに反しているらしく、問題になっているらしい。直後、視界いっぱいに、力士の尻のイメージが、パッと現れて消える。

それからも何か妄想が流れたように思うが、知らぬ間に寝ていた。いつしか、寂しさを感じることもなくなっていた。

朝、岡崎京子の短編集「ヘテロセクシャル」を読む。表紙の禍々しい印象と違って、わりとハッピーな作品が多い。うつむいて歩数を数えるか、酔っ払って夜空を見上げるだけの女が、青空をぼんやり見上げる女に変わる話が面白かった。

昨日途中まで観ていた「ラム」を観る。羊から産まれた羊の顔の、半羊半人の子供を育てる映画。羊の世界と人間の世界の境界。境界はファンタジーが起こりやすいのか、「ボーダー」もそうだったなと思う。序盤ずっと羊の声を聞かされる。静かで暗いけど、微妙に笑えるヘンなバランスの映画。でも、いまいち。

それから、落書きなどをして過ごし、昼飯を食う。部屋ごとにクーラーを使えるようにと、エアコンを掃除し、気まぐれに英語の勉強を少しする。感情を入れて黙読すると、どこかの国の人の顔が浮かんで楽しい。外では、東の空に雷が鳴り、雨雲が過ぎるようだった。

皿洗いをしたあとに、爪に白く掠れたような傷が付く。洗剤でやられるのだと思っていたけど、どうやら、かなだわしが怪しい。台所のかなだわしを思い出すと、「え、何のことですか、ぜんぜん知りませんけど」とか言いそうな感じで思い出される。かなだわしは、した仕事の一切を忘れそうな顔をしている。

夕方、外に出ると、風が吹く。雨が降りそうな風だった。少し歩いてカフェで本を読む。川上弘美の「惜夜記」、夜の妄想のような話。昨日読んだ、逆柱いみりの漫画「ケキャール社顛末記」の感じに少し似ている。意味があるような、ないような感じが、妙に楽しい。ケキャール社は、ケラケラ笑いながら、長々と読んだ。と言うか、絵の中に変なものを探し続けた。

カフェを出ると、ポツポツと雨が降り、ピカピカと稲光る。散歩を諦めて家に帰り、ぺらぺら本をめくることにした。

夜に日記を書くうちに、雨が強く降りしきる。

落書き
空や雲やら

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