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見守っていてほしい生き物

仕事中、ずーっとPCに向かいっぱなしになることが、けっこうある。そういうとき「見守っていてほしいなあ」と軟弱なことを思うのだ。

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こんにちは、こんばんは。くりたまきです。

なんとなく「ああああああ」と無駄にキーボードを打ってしまうような、集中力が切れかけたとき。おのれの意志の弱さに負けそうなとき、「見守っていてほしいなあ」と思う。

ぜんぶPCの履歴監視されたいとか、松岡修造さんばりに応援してほしいとかじゃなく。

「きみならできるよ!」と信じていてほしいというか。なんて都合がいいのかと思うけど、自分で自分を疑いながら書いているので、外部に信じてくれる存在がほしい。甘ちゃんだとわかっていてもほしい。

でも他人にそんな馬鹿にもほどがあること、頼めない。そこで、こいつの出番である。

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住んでる波佐見町でつくられている寅の箸置き。置物として使っているのだけれど、寅年の今年には縁起がよい感じがする。いつもすこし顔を上げて、こっちを見つめてくれる。かわいい。

つぶらな瞳が、勇気づけてくれる。仕事にすこしは集中できる。こんなわたしの仕事のときの情けない話は別として、誰かが見守ってくれてるというのは、すごく心が満ちるし、推進力になる。

わたしだけでなく、人間というのは、見守っていてほしい生き物なのではないだろうか。大切な人を見守るって、むずかしいことなのだけれど。

自分が安心するためでなく、口を出すためでなく、ただ相手を信じて見守ることができる生き物でありたい。

30minutes note No.940

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