果たしていつからプロになるのか。
どの瞬間に、人はプロになるのだろうか。そんなことをよく考えている。なぜなら、最近「わたしってば、じつはプロだったのか?」と思うことが増えてきたから。
こんにちは、こんばんは。くりたまきです。
プロ。職人。作家。誰しも初心者からスタートし、プロになる。
わたしは書き手として「まだまだだよなあ」と思うことが多くて、プロではあるけど、末席におしり半分いるような気分だ。
これまでは「わたしはプロだ!」と思うことはあまりなかったんだけど、業界からすこし離れて「プロになってたんだ」と気づいた。まわりに書き手ばかりだと、すべてが当たり前すぎてわからないというか。
それでもコピーライターやライターに免許はないし、プロだという自負はそう確かではない。全力で臨むということだけ、決めているけど。
果たして、人はいつからプロになるんだろう。会う人たちに訊いてみた。
ある焼きものの作家さんは「与えられた要望の中で自分の創造性を発揮するおもしろさに目覚めたとき」と言っていた。
ろくろを回すときに、うつわの形に自分なりの技術をめいっぱい詰め込む。決められた範囲の中で、私心なく自分の技術を注ぎ込む楽しさ。それは、作家性だけを求めていたときにはなかった職人としての自覚だったという。
今日髪の毛を切ってくれた美容師さんは「自分で自分のことをプロだと思うようになってから」だと言っていた。
プロだと自覚をして、そう在ろうとふるまうことで、自分も周りも変わって行ったのだそう。いつまでも自信がない理由を探していても、探している限り、自信がない理由はなくならない。
プロって、なんだろう。
いろんな人に話を聞いても、やっぱりまだ考えている。
わたし自身は、プロとしての自覚はさほどない、と思う。とにかく悩むことが多いし、もっといいものをつくりたいと歯を食いしばる。
でも、今日対話の中で、ふと思った。
わたしは、わたしとして生きる覚悟は決めたのだ。
誰かの人生をうらやむことより、天に親に与えられたこの人生をよりよく楽しくすると決めた。
「わたしは私なのだ」と自覚して、一瞬一瞬に感じることを大切にすると決めた。
職業としてのプロであるというより、自分の人生の舵取りをするプロであろうということを考えてきた。
それは恥ずかしながら、前提部分を整えてるだけかもしれないけど。でも、仕事にもつながっている気がする。
肩書きよりも、大切にしたいことがある。と思っていたんだよなあ、わたし。キャッチーだったり分かりやすかったりする肩書きを考えることより、大切なことがあるよなあ、って。
まだまだ、もっと、いろんな人に話を訊いてみたいなあ。
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