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電車の線路が切り替わるみたいに、

これは夢だ。
電車のなかで目を開けた瞬間から、わかっていた。
振り向いて車窓のガラスに顔を近づけ、外を眺める。
真っ暗と、住宅街のあかりが群れているところとを、
電車はまっすぐに走っていた。

乗客は、誰もいなかった。じぶん以外は。
電車という乗りものが、凶暴でうるさいものだと、
ひとの気配がないせいかはっきり認識する。

ふだん、知らないひとと、この速い箱にぎゅうぎゅうに閉じ込められて、
移動している。毎日。
すこし潔癖症だから、すこし気持ち悪い。
前に立つひとのコート、どんなふうにふだん保管しているんだろう。
くしゃくちゃのシャツは、いつ洗濯したものなんだろう。
手すりを握る手は、なにをさわってきたのだろう。
どれもこれも、わからないのがおそろしく、
どれもこれも、わからないからまだマシだった。

電車は、いくつかの駅を、駅名も確認できないくらいの
速度で停車することなく通り過ぎ、迷いなく進んでいった。

ここに、誰かがひとりいてくれたらいいのに。
そうしたら、いつもはふざけてできないような話も、
できてしまう気がするのに。
ぼうっと座りながら思った。
「どこかに向かう」という人任せな行為をしていれば、
「話し合う」には役立つなにかを求めずに、
ただ話すことができる。

そんなとりとめのないことを考えていると、
電車の速度が落ちてきた。
もう一度、車窓のガラスに顔を近づけ、外を眺める。

ガタンという音のあと、
急に、隣の線路に電車が現れた。すごく近い。
その電車のしっぽまで確かめようとして、気づいた。

この電車、分身している。

なんと言ったらいいのか、よくわからないけれど、
さなぎからさなぎが出てきて、どっちもが生きてるように、
走りながら、電車はふたつに分かれていた。
まだ、後ろのほうの車両がくっついている。
さっきのガタンという音は、おそらく線路の分岐点だったんだ。
そこで、ふたつに分かれはじめて。

一度まばたきをすると、もう電車は完全にちがう線路を走っていた。

最初は近かった隣の電車が、すこしずつ、すこしずつ、
離れていく。
ずいぶん距離ができたなあと思ったとき、気づいた。
あの電車、誰か乗っている。
窓にひたいをつけて、目を眇めた。

わたしだ。

わたしが乗っている。同じ服を着て、座っている。
どんどん、わたしを乗せた電車は離れていってしまう。
分かれたときは、あんなに近かったのに。気づかなかった。

わたしが夢から覚めたら。
あの子も夢から覚めるのだろうか。
それとも、この夢のなか、もう交わりそうにもないほど離れていった
あの電車のなかで、ずっと過ごすのだろうか。

電車の線路が切り替わるみたいに、
人生の切り替わりが、この世にはあるのだろうか。

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