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わたしがコピーライターになるまで

異業種未経験から、コピーライターへ。ちょうど2年前に転職した。わたしの場合、成功していないし、かっこいいサクセスストーリーではないけど、なんとかコピーライターに「なる」ことはできた。
異業種からコピーライターを目指すひとのために、noteを書いてみようと思う。

客観的に考えて、わたしの場合は転職活動の前に『朝日広告賞』の公募で、準朝日広告賞をもらえたことが大きいと思う。

3〜4年くらい前かな(全体的に記憶が曖昧)、ちょうど半年に及ぶ宣伝会議のコピーライター養成講座の基礎コースに通い終わったその日、最後の飲み会で、一緒に通っていた仲間に誘われて、朝日広告賞に応募することになった。
無知だったので、それまで公募があることもよく知らなかったけれど、仲間にはデザインができるひともいたので、ぜひ一緒にやりたいとお願いした。

そのころ、わたしはふつうに一般企業に総合職として勤めていて(経理をしてた)、デザインなんてできないし、デザインができる知り合いもほとんどいなかった。
養成講座の基礎コースに通ったことがどれだけ活かされているのか、言葉にするのはむずかしいけれど、そういうひととの縁も嬉しかったことのひとつだ。

仲間3人でカフェに集まって、一緒にブレストして公募の新聞広告をつくる。ひとりで机に向かっているだけよりも、楽しかったのを覚えている。その場で「過去にわたしが撮った写真にキャッチコピーをつけたものをつくりたい」と言ったのだけれど、メンバーのひとりに「そういう写真でひと言みたいなことは、僕はしたくない」ときっぱり言われて、一度あきらめた。彼の書くコピーがすきだったし、敬意を持っていたから、そう思われているのなら強引に意見を押し通して一緒にはつくれなかった。

あきらめたのだけれど、どこかにまだ気持ちが残っていた。そのちょっと後で、大学のころお世話になった先生と、新宿の中村屋さんでカレーを食べながら話したことで、またつくりたい気持ちがパッと大きくなった。

「コピーも写真も、ある部分を切り取って、ほかを切り捨てるという意味では一緒だよね」

先生に言われて、すごくしっくりきてしまったのだ。光を当てるという意味では、コピーも写真も一緒。だから、どうしてもじぶんが過去に撮った写真を使って応募したくなった。

とてもギリギリで、間に合うかさえわからなかったけれど、デザインができるひとに頼んで、3人でつくるのとは別で写真の案を出すことにした。「じぶんで考えたものもつくりたい」とお願いすると、そのひとはOKしてくれた。ありがたい。
そのときは、講座で一緒だったとはいえ、期限ギリギリに気安く頼めるほどめちゃくちゃ仲がいいわけでもなかったから(知人と友人のあいだくらいかなあ、でも仲間って友だちと違うしなあ)、頼むのもためらったけど、かといって頼まない選択肢もじぶんにはなかった。
その後、賞に出し終わってから、遊びに行くようになったりして、より仲良くなるのだけど。どうしてか、講座が終わった後のほうが、いろんなひとと仲良くなれた気がする。講座は毎回のように課題もあったからなあ。みんな必死だったんだろう。

考えたコピーと以前撮ってあった写真の組み合わせを伝えて、「写真は正方形くらいで上に置いて下にコピーを」とか素人ながらラフにデザインを伝えて、つくってもらった。3人でディスカッションして仕上げたものとは別に、3つもお願いしてつくってもらった。

そのひとつが、運よく朝日広告賞に引っかかったのだ。

運よくなんてほかのひとに失礼だ、と言われてしまうかもしれないけど、わたしの正直な気持ちだ。賞をもらえるってわかったときは、もちろんうれしくて飛び跳ねたけどね。

一度はあきらめた考えから生まれた案で、受賞。
じぶんの「どうしても、これをやりたい」が、常識や遠慮や戸惑いを上回ったとき、なんだかいいことが起きている気がする。不思議だ。

まぐれでもなんでも、とにかく、受賞した。それも入れてポートフォリオをつくった。ほかにも講座で先生たちにいいと言ってもらえたコピーを並べた。写真もすきだったので、撮った写真もページの後ろに入れた。枚数もいい感じに増えてにぎやかになった。
デザインができるひとにつくってもらう予定が紆余曲折したけど、結局はじぶんでPagesかなんかを使ってつくった。めんどくさがりなので、一気にポートフォリオと履歴書と職務経歴書を合わせて10部、キンコーズで刷って、一気にいろんな会社に送りつけた。

転職活動をしていたとき、もうわたしは宣伝会議の別の講座、谷山クラスというものに通っていて、そこのOBのひとに相談すると「ここらへんの会社に送ってみたらいいんじゃない?」とアドバイスをしてくれた。そんなに広告をつくっている会社を知らないわたしに、たくさん希望に合いそうな会社を紹介してくれて、ありがたかったなあ。募集をしていないところでも、いいと思った会社には送ってみた。

その結果、異業種未経験だけど2社から内定をもらえて、その後内定をもらっていたので会いには行かなかったけれど「ぜひ一度会って話したい」と電話をくれた会社も1社あった。

こう書くと、順調じゃんか、と思われるかもしれないけど、ある会社に話を聞きに行って「未経験は無理。印刷会社とかにアルバイトでもなんでも潜り込んで、業界のことを知って経験を積むとかしないと雇えない」と言われたこともある。

帰り道、うつむきながら「これが現実かあ」とため息をこぼして歩いた。ほかに面接で落ちたところもある。それでも、わたしはコピーライターに転職したかった。営業やマーケティングからコピーライターになるひともいるけれど、わたしの場合はそのころ27歳くらいだったので、遠回りをしている場合じゃないという勝手な思いがあった。

ちょっと頑固なところが、たまたまいい方向に行ったのかもしれない。「運よく」とか「たまたま」とか、そんなことばっかり書いてるけど、ほんとうにそうなのだ。
ただ行動してはいたけど、わたしがすごく秀でてるとかって話じゃない。むしろ未経験、ポンコツでしかない。基本的に転職サイトなどでコピーライターの募集は3年以上の経験者としているところが多い。わたしは全然引っかからない経歴だ。
ちなみにこの3年は、ボディコピーを多少書けるようになるのに一般的に3年程度かかると思われているからだ。キャッチコピーはまぐれで書けても、ボディコピーの構築にまぐれはほぼ無い。意地悪で設定されるのでは無いと、いまならわかる。

運よく賞をもらい、たまたまひとが欲しいと思っている会社と出合えた。うーん、全然参考にならなくて、ごめんなさい。コピーライターになってからも、まだまだ学ばないといけないことが多すぎるし、胸を張って言えるようなことは、あんまり無いんです。ただ、周りのひとに助けてもらって、結果、こうしてなんとか働いているだけで。

そうだ、ちょっとでも参考になることを。

転職活動の最初、尊敬しているコピーライターの方に手紙を書いて会いに行った。そのときポートフォリオを見てもらって、いただいた言葉が記憶に残ってる。

「君はコピーライターになれれば、ある程度のラインまでは書けるようになるかもしれない。ただ、なるのはそう簡単じゃないし、募集してるかどうか相手の都合もある。運だね。
正直、ポートフォリオと言っても、コピー一行ではただの大喜利になってしまう場合もあるし、全体像がイメージできない。だから、見せてもらったみたいに、デザインにコピーが入っているものがわかりやすいよね。デザインとの調和もわかるし、おさえのコピーとのバランスも見れる」

だいたい、こんなことを言ってもらったように思う。

「コピーライターの神様」と言われる仲畑貴志さんは、新聞広告のコピーの部分だけを切り取って除き、そこに裏から紙をあてて、じぶんのコピーをでっかく書いたという。元の世に出ているコピーを上回ることを、わかりやすく提示できるポートフォリオだ。かっこいい。

コピーだけの広告は、無い。だからこそ、いろんな工夫をしてポートフォリオをつくる。その工夫にも、コピーライターとしてのスキルが試されているのかもしれない。

わたしもポートフォリオをつくるのが上手くないし、デザインのスキルもないけど、なにか読み手としてうれしい工夫をしてつくりたいなあと思っている。
その点、新聞広告などの公募に出すと、もし受賞すれば儲けものだし、ポートフォリオに入れるデザインありの作例もできるし、なにより締め切りがあるので、ある意味手っ取り早い。
これはただの一例で、アイデアと行動で、失敗しながら知っていくしかないんだけれども。

(追記)いまの入社するとき、面接やコピーを書く課題もやった上で雇ってもらうことになったので、なんか賞をとればぜんぶ大丈夫ってことでもないです。念のため。あと、賞をとったことは、転職活動以外にはとくに役に立ったりしてないです!

長くなっちゃいました。これで誰かの役に立つのだろうか。不安だけれど、祈るような気持ちで公開してみます。

コピーライターって何なんだろう、といまも考えている。

読んでくださって、ありがとうございました。

(さらなる追記)
コピーライターをやめて、ライターになりました。書く仕事はなんとか続けています。はい。

さいごまで読んでくださり、ありがとうございます! サポートしてくださったら、おいしいものを食べたり、すてきな道具をお迎えしたりして、それについてnoteを書いたりするかもしれません。