白露

 現在、この日本という国の中で、ゴミ袋に入れられて運ばれているのは、俺だけだろう。手と足は何かで縛られ、口にはテープが貼られて何も叫べない。アスファルトの上? ゴロゴロゴロゴロ......と何かを転がす音、度々くるガタン、という段差を踏み越えた衝撃からして台車で移動しているようだ。その音のほかにも、微風で揺れる木々のざわめき、緩やかな傾斜を登るゆっくりとした足音、吸って吸って吐く吸って吸って吐くという必死な息遣いが聞こえる。犯人は一人なのか? ゴミ袋はどうやら黒いビニール製で、外の様子はまるっきり見えない。上方からスマホのライトかと思われる白い光が、俺の膝小僧を照らすように細く差し込んでいて、その光の出どころは空気穴だと思うけれど、自由に身体を動かせないから袋の中で体勢を変えることができないし、もがいて破くこともできない。汗はじんわりと俺のTシャツを濡らし、湿気が狭い袋の中で充満している。あぁ、いつの間にか俺が吐き出す息のスパンが短くなってきた......きっと、もうすぐ殺される。

 後生のために、ここ最近のことを思い浮かべておくか。アコは保育園に慣れてきて、ユウタは夏休みが始まるとすぐに少年野球を始めた。子どもたちが夏休みに入って家にいる時間が増えたというのに、モナは相変わらず大学時代の友人とお茶にほぼ毎日出かける。モナが帰ってきた時に俺が注意しても、流されるばかりで、直してくれる気はないようだ。しかも、最近は帰りが夜遅くなることが増えてきた。だから俺が、子どもたちの面倒を見なければならない。だけどな、二人とも、モナのように全く言うことを聞きやしない。ああ、そうそう、昨日のお昼に冷凍のナポリタンを出してやったが、俺が「ピーマンが嫌いでも食べろ」と注意したら、ユウタはピーマンをリビングへ向かって放り投げた。あっ、カーペットが、と思ったらすかさずアコも麺の塊を放り投げた。一種の地獄。慌てて俺は洗面台に行って何個かテイッシュ箱を取って戻ってきたら、今度は二人が麺を粘土のようにぐちゃぐちゃと手の上で転がしたり、足でぐねぐねさせて遊んでいた。この後にも何かが起こったのだが、このことは、あまりにもショック過ぎて覚えていない。片付けや子どもとごっこ遊びして、なんやかんやして子どもを寝かしつける。こうして初めて平穏が訪れる。俺は楽しみにしていたサスペンスドラマの録画を見て、ソファでゴロゴロと寝っ転がる。至福のひとときだ。知らぬ間にうたた寝をしていると、鍵が開く音。......また、地獄に落とされる。

 いいや、もうやめよう、やっぱりこれも悪い記憶だ、すぐに忘れよう、でも、俺は一体何を覚えておきながら死ぬべきなのか。

 頭の中に新たなぐちゃぐちゃが生まれて数十分経った。気がつくと外が静まり返り、枯葉を踏む音や夜の虫の音、そして犯人と僕の息しか聞こえなくなっていた。しばらくすると、サックサックと何かを掘る音が聞こえてきた。絶望の2文字が脳内でチカチカする。もう、俺の身の末を想像するのやめた。

 何かを掘る音の途中から、複数人が駆けてくる音が聞こえた。その足音を、「しぃっ」と空気を多く含んだ声が諌めた。

 突如、寄りかかっていた地面が消えた。身体で打つべきではないところを打ちつけ、あっという間に奈落の底。サックサックという音と共に、徐々に何かがのしかかって、どんどん重くなっていく。

 俺、悪いことなんかしてねぇぞ!!!!

 そんなの、もがき声としか聞こえない。

 頭部が重たくなってきた。もう、終わりだ。

「犯人ごっこ、楽しいねぇ!」

「だねぇ!」

「そうだね。いつものごっこ遊びより楽しいでしょ」

「犯人って楽しい〜」

「違う、違う。犯人を埋めてるんだよ。私たちは、犯人をやっつける役なんだよ」

創作活動の促進のため、本の購入費にあてたいと思います。