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昆虫本の書評(昆虫本編集者のひとりごと)09『世界昆虫神話』

「神話」とされているが、カフカ、サルトルなど普通は神話ではなく、文学作品とされるものも含まれている。

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目次を見ると、「神話の中の虫」の他に、「虫の民俗」「文学の虫・詩歌の虫」があって、神話には限らないようだ。

著者は昆虫学者ではなく、比較神話学の専門家。これまでにも『世界動物神話』など世界神話シリーズを書いていて、本書は4作めだ。いずれも好評だったらしく、本書も2ヶ月で重版している。

帯に「図版100点」とされているが、あまり豊富という印象はない。巻末付録のような形で一箇所に固まって掲載されているせいかもしれない。

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ざっと内容について

ファーブル昆虫記でも有名なスカラベ、フンコロガシの神話から始まる。スカラベは、古代エジプトでは、「太陽を押して天空を渡る太陽神」なるものとして表象されている。

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なぜ太陽神としてこの虫が崇拝されるようになったかは、特に説明はなく、この虫にまつわるエピソードが徒然に紹介されていく。

とにかく本書は、徒然に、昆虫にまつわる話題を紹介していくのが特徴だ。

エジプト神話以外にも、メキシコやギリシャや日本での作品が紹介される。

続く「2 ギリシャ」においても、虫の表象があるギリシャ神話の特定のシーンが抜粋され、かいつまんで紹介されていくスタイルだ。

神々の成長過程、イニシエーションが虫の成長になぞらえられて紹介される。例えば、ギリシャ神話の神プシュケが、課された試練を解決していく過程は、チョウが幼虫から蛹をへて成虫になる過程と比較される。

完全変態する昆虫は、子供から大人へという人間の成長になぞらえやすいようだ。

本書でいう虫は広い意味に使われているので、クモ、サソリも出てくる。アテネは運命を紡ぐものとして、クモに変身することができた。オリオンは星座になった時、サソリに追いかけられている。

神話には起源を説明するものが多い。ギリシャでは牛の死体からミツバチが生まれたとされ、ニンフによって翼を与えられた羊飼いがクワガタになったとされる。

聖書ではアブ、バッタがよく登場するようだ。例えば、出エジプトでは飛蝗というバッタの大群の記載があり、ユダヤ人を滅ぼす手段となっている。

他にも聖書では汚れたもの、軽蔑されるべきものには、ハエ、アブの形で表象される場合が多い。

ゾロアスター教でも、ハエが邪悪なものとして、厳格な二元論の一方に位置付けられている。

アメリカ先住民のズーニー族では、死者の国に道案内するものとしてチョウが登場し、またいくつかの部族ではミツバチ祭りなるものがあったようだ。複数の部族でミツバチが言い伝えに登場していて、生活に深い関わりがあったことが予想できる。

代わって、中国をはじめアジアでは、カイコが登場するのが特徴だ。その起源神話では、カイコは、戦争で手柄を立てた馬の皮が空に風で舞い上がった後に桑の木に降ってきたとされる。また馬の皮で神が自らを包むとカイコになったとされ、馬を含め生活に近い生き物が登場している。

またセミも同様に中国神話で見られる虫だ。カマドに止まる赤いセミは12月24日になると天に上ってその家の事情を報告するという。また、セミは復活の象徴としても扱われているようだ。

日本では国の起源をトンボになぞらえて解釈されている。神武天皇は国の形がトンボの交尾した形に似ていると歌っている。また弥生時代の銅鐸にもトンボが描かれている。

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中国同様に、日本でもカイコの起源が説明されている。記紀神話では女神の頭から生まれたとされている。その他にも、スサノオの頭から生まれた、ウケモチノカミの眉から生まれたともあるようだ。

日本書紀に登場する常世の神は現世利益をもたらす神で、民衆に人気があったようだ。その神はよその地から利益を持ってきてくれるものであり、海を渡るチョウに比せられている。

読後の感想

『世界昆虫神話』というタイトルから期待されるのは、世界の神話の中で、いかに昆虫たちが象徴的に扱われてきたか、古代の人々の心情や思想において、昆虫はどのような位置付けにあったのか、ということだろう。

本書は世界各地の神話を網羅的に調査したり、厳密に比較神話学の手法が踏襲されているわけではないので、なかなか上記の期待を満足させることは難しかったかもしれない。

参考文献も2000年前後刊行の和文文献、一般向けの本がほとんどで、手元に取り寄せられる限りの資料から、面白いものを取り上げたというスタイルだ。

そのため、ストーリーとして読めるものではなく、各トピックスを断片的に短く紹介していっていて、それぞれを深く知りたいという人には不満が残るかもしれない。

世界で虫がどのようにイメージされてきたかを、ざっと概観したい人に向いた本と言えるだろう。

2018年5月発売。A5サイズ、210ページで2800円は妥当な金額だろう。




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