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昆虫本の書評(昆虫本編集者のひとりごと)07『ミツバチの会議』

ミツバチは昆虫グループの中でも、特に進化の際立ったグループとされている。というのも、その発達した社会性のためだろう。

ミツバチに限らず、広くハチとアリたちの中には、2世代以上で共同生活をし、役割分担があり、発達したコミュニケーション手段も知られている。

ただ、ミツバチの本は、養蜂家向けまたは初心者向けの飼育方法、それに児童書が多いが、本書は生態を一般向けにわかりやすくなるよう工夫して解説した数少ない本になる。

『ミツバチの会議:なぜ常に最良の意思決定ができるのか』トーマス・シーリー著、片岡夏実訳、築地書館、2013年、ハードカバー、2800円+税


全体の感想

焦点は、タイトルに「会議」とあるように、コミュケーションの仕方が中心だ。

具体的には「分蜂」という習性の特徴、そしてそのための意思決定の仕方だ。

分蜂とは既存の巣を旅立ったハチたちの、新しい住みかとなる巣を作ることだ。初夏から巣の探索が始まり、次の冬を越すための餌の確保、働きバチの育成がされ、分蜂に至る。

あとがきにも「本書はハチの群が新しい住処をうまく選ぶことのできる謎を、どのように解き明かしたかを振り返ったものだ」とされ、やはり分蜂するための意思決定に焦点が当てられていることがわかる。

本書ではミツバチの中でもセイヨウミツバチが主役だ。特に蜂の巣=コロニーの営みの仕方が詳しく解説されている。無機質に事実を記述していくのではなく、人間社会の会社の上司部下の関係など、多くのたとえを使って解説しているので、一般に分りやすい工夫だろう。

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中には、研究者の調査の足跡にそってミツバチの習性が紹介されている。読者は臨場感を感じながら理解が進むかもしれない。

また終盤では、著者がミツバチから学んだヒントをもとに人間集団がよりよい組織を作るための提案もしている。

ざっと内容について

ミツバチの祖先は、白亜紀初期にいた草食性のハチらしい。現れたのは1億年前のことだ。ハチやアリの祖先は3億5000万年前に出現したとされるので、わりと後の時代に出現したようだ。

知らなかったが、ほとんどのハナバチは単独性のようだ。ミツバチはその点独特で、複数の世代が共同で生活している。

やがてハチは共同で住むようになり、社会性を育む中で、分蜂という習性も獲得して行ったようだ。

この分蜂の仕方がまず詳しく紹介されている。

しかし、最も著者が強調しているのは、分蜂する際に行われる討論についてだ。

分蜂は、まず多くの候補地があげられ、その中から最適なものが選択され、その後、新たな巣をつ来るために旅立つ。

しかし、最適な場所は、簡単には決まらないらしいのだ。ハチたちの間で意見が別れ、派閥のようなものもできてしまう。

旅立った後に派閥ができたままだと、新しい巣の形成にもしようが出るし、最悪はできなくなるかもしれない。したがって、旅立つ前に、きちんとみんなの合意を形成することが大きなポイントとなる。

いかにして合意ができるかは、第6章「合意の形成」に詳しく書かれている。

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20近くの新たな巣のための候補地があげられるが、この時、どの候補地に最終的に決定するかで、討論がされるという。討論は「尻振りダンス」でされる。

自分の見つけた候補地に自信のある探索ハチは、非常に強く「熱意を持って」ダンスして勧誘する。そのダンスにインスパイアされたハチ(選挙で言えば有権者たち)は、その候補地を支持するようになる。

やがて反対意見は消失し、一つの候補地に落ち着くようだ。

特徴的なのは、リーダー不在のまま意思決定がされること。これは支配的指導者の主張が一方的に決定されるのを防ぐというメリットが指摘される。

一方、議論が脇道にそれないように整理する者がいないことがデメリットだ。

これを「一元的民主主義」と著者はよんで、人間でもミツバチの方法を見習った意思決定の提案をしている。

実際、著者がコーネル大学の学科長に就任した時、「なかば楽しみに、なかば実験として」、探索バチのやり方を取り入れたらしい。つまり採用や昇進についての議論にだ。

結果、ハチの方法に習って下されたこの結論に、多くの人は「満足している、と私は思っている」とのことだ。

読後の感想

やや調査報告の印象も強いが、随所に面白く理解してもらおうという工夫が見られる。

翻訳もどこにも難読な箇所がなく、読みやすかった。

気になるのは、文字量に対し写真が非常に少ないということ、図解もあるが学術論文のものを転載したようで分かりにくいこと、1ページあたりの文字量が多く、読むのが大変という印象になっているところだ。

しかし、何と言っても、理解を進めるためのたとえの挿入が豊富で効果的だ。例を挙げると、「人体が多細胞で一つの個体になるように、ミツバチは多くの個体から超個体ができている」「オリンピックのボート選手は体重1キロあたり20ワットだが、ミツバチは500ワット」など。

巧みな紹介がある一方で、一般の興味からは外れた、調査報告に紙面を割きぎている印象だ。これほど多い理由は、一般向けというより、学生向けに役立って欲しいという著者の思いかもしれない。


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