デジタルゲームは「目標を生成し続ける装置」であるか?

キーワード
ポジティブ心理学、快楽順応、マスタリー目標、パフォーマンス目標、知能観


 デジタルゲームが人々を魅了していることはもはや異論の余地はありませんが、そのシステムはどのような構造になっているのでしょう?
 以前の記事では、プレイヤーは「ゲームを進行する」という目的のもとで意思決定を繰り返し、それがうまくいくことで快感を得ると述べました。
 今回は、ゲーム中に用意されている「目標」について深掘りを行い、ゲームの構造における「目標」の果たす役割を提示します。

ポジティブ心理学と「目標」
 ポジティブ心理学という領域があります。
20世紀に入ってから盛り上がりを見せている比較的新しい分野ですが、従来ネガティブな現象に注目をしていた心理学の中において、ポジティブな現象、人間の心理のポジティブな側面に注目した分野となっています。

 ポジティブ心理学の学者で、幸福について研究しているソニア・リュボルミアスキーは、「幸福な人に出会うと、何らかの目標や計画をもっていることに気がつくでしょう。……やりがいのある活動に取り組む過程は、目標の実現と同じくらい満足感をもてることが研究から明らかになっています。」と言い、様々な実験でそれを示しました。
 同じように、動機づけ研究の領域でも、挑戦的な課題を解決することに方向付けられ、解決策を見つけることによる満足を求めるような動機づけをマスタリー・モチベーションと言い、人間の成熟途中で獲得されるものとしています。

 そして、リュボルミアスキーがケン・シェルダンとともに、どのような目標が幸福度を高めるかを実験したところ、「よいアパートに引っ越す」「思いがけない収入を得る」などの環境の変化に関する目標よりも、「大学院の合格を目指して勉強を始める」などの新しい活動に関する目標の方が幸福が持続した、という結果が出ました。

 それは快楽順応という現象が理由で、その名の通り人間は現状の快楽に慣れてしまうという性質を指します。例えば、大きいテレビを手に入れる、憧れの土地に引っ越すなどしてもすぐに慣れてしまい、さらに大きいテレビ、もっと良いところへ、など喜びの追求は際限がないと言います。
 その一方で、ボランティアをする、絵画教室に通うなど、新しい活動を始めることは常に何らかの変化がともない、新しい挑戦、機会が得られ、ポジティブな経験を多くもたらすため、こちらの方が幸福が持続すると結論づけました。

 加えて、目標は自分で選択、設定することでより幸福度が高まると言います。
 自分で選択した目標を追求することは、自己決定への欲求(自分の行動をコントロールできる感覚)、有能感の欲求(まわりの出来事に対処できる感覚)、関係性の欲求(人間関係に満足している関係)が得られるためです。

 ゲームについて考えてみると、プレイヤーは自分で目標を設定し、新たに行動を起こして達成するというサイクルを何度も繰り返します。
 例えばRPGでボスを倒す必要があるとき、レベルを上げるという目標や、もしくは強い装備を取りに行くという目標など、プレイヤー自身が目標を立ててゲームを進行することになります。
 もちろんゲーム側が目標を用意することも多いですが、ゲームを進行するために自ら目標を設定して行動を起こすというシーンもかなりの数あります。

 ということは、ゲームの正体は「目標を生成し続ける装置」とでも言えるのではないでしょうか?
 メモリが許す限りプログラムによって目標を生成し続ける、あるいは、それにともなってプレイヤーが自ら目標を生成するようなデザインによって、目標を追うことを連続的に楽しませる。それこそが、デジタルゲームの本質、骨子なのかもしれません。

どのような目標が生成されればよいのか
 もう少し「目標」について考えてみます。リュボルミアスキーも目標について様々なタイプを検討していたことからも分かりますが、目標もいくつかの種類に分類が可能なようです。プレイヤーが自ら設定するような目標としては、どのようなものが良いのでしょうか。

 心理学者の上淵・大芦によると、人が目標の達成場面で持つ関心や、なぜ達成したいかの理由についての研究において、達成目標については大きく二つの方向性が存在していると言います。
 それは、能力を伸ばすことを目指すマスタリー目標と、自身の能力について高い評価を得ることを目指すパフォーマンス目標です。
 マスタリー目標の特徴としては、目標達成の場面では例え失敗を経験しても動機づけを低下させることなく努力や挑戦を継続し、一方でパフォーマンス目標は、成功している間は高い動機づけを見せるものの、失敗することは自身の能力は低いと評価されることを意味するため、それ以上の努力や挑戦をしないという反応を示します。

 ゲームにおいて言えば、プレイヤーには目標達成のモチベーションが高い状態でいてほしいため、ゲーム進行中の目標としてはマスタリー目標が望ましいと考えられます。

 ではどのような条件でマスタリー目標、パフォーマンス目標が分岐するのでしょうか。
 人は知能について「知能観」というイメージを持っていると言われ、人の知能は変化しにくいものであるという知能の固定理論を持つ人はパフォーマンス目標を、学習や努力によって知能は変化することが可能という知能の増大理論を持つ人はマスタリー目標を持つとされるようです。
 それに関連してMidgley(2002)は、小学校の方が中学校よりも教師がマスタリー目標を強調するとして、小学生と中学生を比較した結果、中学生の方がパフォーマンス目標を志向していることを示しました。中学生ら自身も、小学校よりもパフォーマンス目標が強調されていると認識しており、このことから周囲の環境もどちらの達成目標を持つようになるかの志向に影響すると考えられています。

 環境によって志向する目標が変わるということは、ゲームのデザイン次第ではプレイヤーの知能観を変容させ、マスタリー目標をもたせることも可能ということではないでしょうか。
 ゲームでは、プレイヤーの能力を評価し、成功/失敗という結果だけを表示することも多いですが、それではプレイヤーの能力は変化しにくいという知能観を与えてしまうことになりかねません。
 前回からの改善部分を評価する、結果ではなく過程や数値化しづらい貢献なども逐次評価することができれば(=自身の知識が変容していっているという裏付けを与える)、プレイヤーはマスタリー目標を持つようになり、ゲームプレイへのモチベーションがより高まるようになるのかもしれません。

 
 最後に、ゲームプレイ中にプレイヤーが設定する目標について望ましい特徴を、以下のようにまとめます。

・新しい活動を生む
・自分で決める
・マスタリー目標
※ただし、知能の増大理論を持つことが必要


【参考文献】
『幸せがずっと続く12の行動習慣』ソニア・リュボルミアスキー,日本実業出版社
『新・動機づけ研究の最前線』上淵寿/大芦治,北大路書房

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