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なぜゲームが怖くなるのか? 〜プレイヤーの「恐怖心」という落とし穴〜

キーワード
ダニング=クルーガー効果、学習性無力感、心理的安全性、信念

 ゲームは、もちろん最後まで楽しく遊んでもらうことを目標にデザインされます。
 しかし実際は、様々な理由でプレイヤーは途中でゲームを辞めてしまいます。単純に飽きる、プレイヤースキルが追いつかない、他のゲームに目移りする、時間が足りない…など理由は無限にあるでしょう。

 その中でも昨今気になるのが「恐怖心」です。
 よく「ボス戦が怖くて進めない」「レートが下がるのがイヤだ」などの理由で、ゲームをプレイすることから離れてしまっているケースが見られます。最近はアプリゲームやライト向けのカジュアルなゲームでもランク制やレート制を採用しているゲームも多く、そのような声を聞くことも多くなってきたように感じられます。
 どんなに面白いデザインができたとしても、プレイの最中にネガティブな感情でゲームを離れてしまうのは、ゲームデザインの失敗と言えます。そのような失敗は、開発者としてとても悲しいものです。
 また、もしかするとこのような問題は、ゲームデザイン上プレイヤーがとるべき仕方ないリスクという認識で、開発者はスルーしているかもしれません。確かに、ゲームサイクルの中で体験の波を作るために困難な課題を用意したり、負けたときに何かが失われるということはゲームデザインとして整合性が取れています。しかし、プレイヤーがネガティブな感情から離脱してしまうことが避けられるならば、その方策を検討する価値はあるでしょう。今回はそのような失敗を回避する方法を検討します。

なぜゲームが怖くなるのか
 話のとっかかりとして、どんなときにゲームが怖くなるのかを考えてみます。
 例えばサンドボックス型のゲームでクラフトを楽しんでいるとき、急にボス戦として操作スキルを求められることになり、うまく行かなければキャラクターの死亡やアイテム喪失などのネガティブな結果が待っている場合は、それにあたりそうです。

 ゲームに慣れているプレイヤーであれば、サンドボックス型ゲームに組み込まれている程度のボス戦に恐怖心は感じないでしょうが、ライトユーザーが気楽にクラフトを楽しむことのみを目的にプレイしている場合は、突然のことに一定の怖さを感じてしまうでしょう。
 あるいは、PVPの対戦ゲームで負けたらランクやレートが下がる場合はどうでしょうか。おそらく、最初は力量の低いプレイヤー同士が当たるのでドンドン勝っていくことができるでしょう。同時に相手の力量も上がっていきますが、ある程度のところまでは少しの練習や、実戦で経験を積むことで勝ち続けていけると思われます。
 (以前の記事でも触れた)フロー理論に照らし合わせても、フローに入りやすい状態です。

 しかし、いずれ自分の力量以上の相手とばかり当たるようになり、負ける比率が高くなってきます。ある程度の練習では勝率は上がらない段階が訪れることになります。
 さらに悪いことに、負けの結果として待っているのはランクやレートの低下という、強いストレスを伴うものです。そしてストレスの方が強くなり、フィード期待が無くなってしまうと、ランクやレートを失う「恐怖心」が生まれ、最終的に「対戦を行って楽しくなる」という接近型の選択肢より、「対戦を避けてストレスを回避する」という回避型の解決を図ってしまいます。

 心理学にも学習性無力感という用語があります。何らかの目標に対して努力を続けても成功せず、失敗が続いた場合、ストレスやコントロール不能な感覚に陥ります。その結果、事態を改善できないという無力感に襲われ、ついには改善する努力すら行われなくなります。ゲームにおいては、ゲームからの離脱を指すでしょう。

 前述の2つのケースを便宜的に分類しますが、はじめのものは予想外の要求、後のものは好転の諦めとします。それぞれ、予想していなかった能力を要求された結果恐怖心が生まれること、生半可な練習やスキルでは現状を好転させることはできないと悟り、何かを失ってしまうことから恐怖心が生まれること、という意味合いを反映しています。


恐怖心が発生するメカニズム ―ダニング=クルーガー効果の観点から―
 回避策の検討をする前に、恐怖心はどのような過程で発生するかを考えていきます。
 まず検討したいのが、恐怖心が生まれるのはプレイしている「途中から」であるという点です。ゲームを始めた頃に恐怖心が生まれることは少なく、たいていは楽しくプレイできているはずです。
 そうであれば、ゲームのプレイを通してプレイヤーの心理がどのように遷移していくのかを紐解いてみることが何かヒントになりそうです。ここでは、ダニング=クルーガー効果を参照することにします。

 ダニング=クルーガー効果は、デイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによって示された、「能力の低い者は自分の能力を正確に評価できず、自分を過大評価する」という人間の認知バイアスに関する仮説です。彼らによると、人の認知は次のようであると言います。

・能力の低い者は、自己評価の精度が低く、自分を過大評価する
・能力が中程度の者は、自己評価の正確性が高まり、自分と上級者の差を理解し自信を低下させる
・能力が高い者は、経験を積み熟練して、自身を過小評価する

ダニング=クルーガー効果

これをゲームプレイの時系列に当てはめると、能力が低い最初のうちは自信が高い状態でゲームに臨めており、プレイヤーは自身の能力が十分であると知覚するはずです。ゲーム序盤に出される課題は難度が低いので当然です。
 しかし、ゲームを進めていくと徐々に壁に当たり、自身のプレイングスキルの欠如や課題の困難性に気づき、自信を失っていきます。まさに、「井の中の蛙大海を知らず」の状態から抜け出すわけです。
 ただしその後、そのゲームに熟達していくと自信がつき、最終的には自信を持ってゲームに臨めるようになると考えられます。
 誰しも、最初は楽しかったけど、途中から勝てなくなってやめてしまった、という経験が一度はあるでしょう。または、難しくて挫折しそうになったものの、練習や知識をつけることでゲームを進められ、プレイングスキルも上がり、結果的にプレイが楽しくなった、という経験もあるでしょう。ダニング=クルーガー効果を用いると、ゲーム中のプレイヤー心理の遷移をこのように説明することができます。
 これらを鑑みると、恐怖心が発生するのは、最初の自身が高い状態から途中一気に自身を喪失する体験をすることだと考えられます。能力が低程度から中程度になる間の過程で、自分に足りないスキルや上級者との差などが見え始め、自信を喪失してしまうのですね。そこを越えられないプレイヤーはゲームから離れていってしまうと考えられます。
 ただ、ダニング=クルーガー効果は希望も提示してくれています。自信が急落する場面を乗り越え、熟達して上級者の段階を迎えると、自身の能力を適切に評価しつつ、自信が持てることが観測されています。
 このことからゲームデザインの肝は、自信が急落して恐怖心が発生しやすい段階をいかに乗り越えさせ、恐怖心のないプレイヤーの心理状態を作り上げるか、となりそうです。

①恐怖心を緩和する「心理的安全性」
 恐怖心が発生するのは自信が低下している状態と考察しました。この、途中で自信が低下するという現象は、メカニズムを見る限りはどのゲームでも起こり得ると考えられます(ただし、程度の差は大きいでしょう。カジュアルゲームとソウルライクゲームでは後者の方が自身の低下度合いは大きいと考えられます)。では、自信の低下という状況にはどのようなゲームデザイン的な対処ができるのでしょう。

 まず一つ、ヒントとなるのは「心理的安全性」という概念です。これは組織心理学者のエイミー・エドモンドソンが発見したもので、「人がリスクなくコミュニケーションできると感じている状態」を表します。グーグ ルが行った実験では、チームのパフォーマンスを上げる要因の中で、最も高い効果を持っているものとして発見され、この実験により一躍有名になりました。

 心理的安全性は元々、医療現場で医師のアシスタントが、医師に進言することが難しい状況から発見されました。アシスタントが医師に進言すると、怒られたり、圧力をかけられたりするチームではアシスタントが役割を果たせずチームの機能は落ち、逆にそこがうまく行っているチームは高い成果を出していました。
 心理的安全性がある現場では、メンバーのパフォーマンスの向上、エンゲージメント(組織への貢献意欲)の向上、積極的な学習などのポジティブな効果が観測されています。日本を含めた様々な国で追実験もされており、効果が支持されています。
 つまり、安心してリスクなく発言、行動ができることは、対象への積極的な参加、そして成長を引き起こすと言えるでしょう。

 ひるがえってゲームプレイにおいては、「何らかのアクションに対してリスクが発生しない」状態を作ることが、心理的安全性を作ることと同義であり、ゲームを続けてもらうことに資すると考えられます。なぜなら、ゲーム内ではプレイヤーの行動は往々にしてリスクが発生しているからです。
 例えば、RPGではモンスターと戦闘をするとキャラクターが死亡するリスクや、アイテムをロストするリスクがあります。対戦ゲームでは、対戦を行うとランクやレートが下がることもリスクです。もっと細かいレベルでは、対戦格闘ゲームではひとつの操作を誤るとそのまま負けに繋がる展開になる、というのも常に付き纏うリスクです。
 この場合は、アイテムをロストしても時間をかければ必ず再回収できる仕組みにしたり、レートの下がり幅に上限を設けたり、リスクを感じさせないデザインが有効でしょう。

 ただし、むやみに簡単にしてしまうと歯ごたえがなくなり、それはそれでフローが起こりづらい状況になってしまいます。また、レートが全く下がらないなどとしてしまうと、レートによるマッチングなどが機能しなくなり、そもそもゲームが成り立たなくなります。
 ここではプレイヤーの能力がリスク設定の基準になりそうです。能力が低〜中程度の間はリスクを緩和して心理的安全性を高め、学習を促し、ゲームから脱落しづらくします。そして上級者となり自信がついてきたら、多少のリスクでも恐怖心が煽られることはなくなるので、シビアなリスク設定をすることができるでしょう。

②認知を転換する「信念」
 もう一つ、信念という概念を検討します。信念(belief)とは心理学の概念で、個人が保持する認識やイメージを指します。
 例えば学習の場面において、学習者は知能観(自分の知能は可変or固定である)や学習観(学習の際はたくさん問題を解くべきだor解法を良く理解するべきだ)というような、学習に関することへ対しての「信念」と呼ばれる認識を持っているといいます。
 植坂(2010)の中学2年生女子を対象とした実験では、物量志向(=問題をたくさん解けば良い)で、思考過程を振り返らないなどの学習方法に問題があった生徒に、「なぜ間違えたか」「次はどのように考えたらよいか」ということを考えさせる介入を行った結果、学習観を物量志向から方略思考へと変容させました。この結果、生徒は数学が楽しくなってきたと発言するなど学習への動機づけが改善され、ミスした理由を自発的に書き込むようになるなどの変化も見られたといいます。
 この生徒は、最初は問題を多く解くよう指導されていたためそのようにしていましたが、新たな学習方略を提示されると、そちらの方が良いと学習観が変容してきたことが報告されています。
 信念の特徴としては「安定性」が挙げられ、一度獲得した信念は少しのことでは変容することはありませんが、介入により変容させることが示されています。

 ゲームでも、プレイヤーがどのようにゲームを進め、ゲームの知識やプレイングスキルを磨いていくかはそれぞれです。もし「このゲームはこうすれば上達していく」「こうすれば有利になる」という学習観がそのゲームにあっているとき、プレイヤーは楽しく成長し、動機を保ち、自信をつけていくと考えられます。もしくはランクやレートが下がったとしても「レートは実力を映す数値であるから、地道に実力を積み上げていけば長期的には上がっていくはず」などの余裕を持った心構えに繋がるかもしれません。そうなれば、自身の低下による恐怖心は回避できるはずです。

 逆に間違っていた場合、知識やプレイングスキルが磨かれず自信を失い、ゲームから離脱してしまう結果となります。そうなった際、その学習観を正して導くようにデザインされたゲームはそう多くないと感じています。
 安定性のある信念を変容させるには、ちょっとしたテキストのチュートリアルなどでは不十分であることは想像できるでしょう。プレイヤーがそのゲームを正しく上達し、楽しくプレイしながら自信を育んでいけるか、そんなサイクルをデザインすることが必要と分かります。

 最近では、YouTubeに上がった上手いプレイヤーの動画を見ることで学び、得た知識を活用して自身も上手くなり、ゲームがより楽しくなったという例も見られるようです。上手い人のプレイを見て学ぶことや、ネット上で共有されているノウハウから学ぶことも、プレイの上達にはかなり有効です。それがひいてはプレイヤーの自信に繋がるため、近年のゲームはそういったメディアに助けられていると感じます。
 とにかく言えることは、プレイヤーがきちんと成長できる仕組みを整えることも開発者の重要な仕事であるということでしょう。


【参考文献】
『できない脳ほど自信過剰 パテカトルの万能薬』池谷裕二,朝日新聞出版
『恐れのない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』エイミー・エドモンドソン,英治出版
『新・動機づけ研究の最前線』上淵寿/大芦治,北大路書房

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