【本の話】〈木曜殺人クラブ〉へようこそ!
ミステリー小説を選ぶのは、博打に似ている。
「この人なら大丈夫!」と、作家名だけで安心して手にとる作品もあるが、よく知らない作家――しかも海外の翻訳本となると、脳内で警戒アラームが作動する。
ピピッ。
「タイトルは魅力的だけど、中身はどうよ?」
ピピッ。
「残虐シーンが多いだけで、結末はあっけないのでは?」
ピピッ。
「登場人物が多すぎて混乱するかも」
などとアレコレ疑い、即買いを躊躇するのだ。
よって翻訳ミステリーものは、まず図書館で借りる――いつでも途中で放り出せるように。
五十路のおばさんとしては、未知の本に余分な労力とお金を費やしたくないのである。
しかし、たまには例外も。
それがこの『木曜殺人クラブ』(リチャード・オスマン著 早川書房)だ。
珍しいことにタイトルと装丁、ダブルで一目惚れ。深紅の背景をバックに修道院らしき建物をふりかえるキツネ。白のタイトル文字。イエローのページとマッチして、なかなか洒落ている。ポケット・ブック版というサイズらしいが、重すぎず字も小さすぎず、老眼でも読みやすそう。
即借りることにした。
で、肝心の中身について。
正直、さほど期待していなかった。タイトルと装丁はグッド。その上にストーリーも……というのは都合よすぎるし。
ゆえに警戒アラームをセットし、ページをめくる。
ピピッと鳴ればそれまで。
いざ!
が……一向にアラームは鳴らず、私は物語の森へ引き込まれていった。
本作品の主人公は(たぶん)4人組。だれかひとりに限定するのがビミョ~に難しいのだ。
それが〈木曜殺人クラブ〉のメンバー。女性陣がエリザベス(経歴不詳)とジョイス(元看護師)で、男性陣はロン(元労働運動家)とイブラハム(元精神科医)。
彼らはイギリスにある〈クーパーズ・チェイス・リタイアメント・ビレッジ〉の住人。いわゆる超高級老人施設なのだが……スケールの大きさが日本人の感覚ではピンとこない。
百年以上の歴史がある元女子修道院と礼拝堂。
それらを残して開発された施設は、12エーカーの森と美しい展(ひら)けた丘に建っている。広大な敷地には見事な庭園や2つの湖、丘の頂上では牧羊が行われ、草原にはラマの群れまで。
65歳以上の300人ほどが現代的な3つの住居棟に暮らし(夫婦やシングル)、高級レストラン、プール(『関節炎治療用プール』という名のジャグジーつき)、図書室、ラウンジ……etcと「どこまでリッチやねん!」とツッコミたくなるほどの豪華さなのだ。
ここではさまざまな勉強会や講義が自由に行われ、〈木曜殺人クラブ〉も最初はエリザベスが元女性警部のペニーと2人で立ち上げた。ペニーが警察から勝手に持ち出した未解決殺人事件のファイルを、ワイン片手に様々な角度から検討する有意義なひととき。木曜ごとに集まったため、こんな風変わりな名前をつけたのだ。
しかし病に倒れ寝たきりとなったペニーは別の棟へ移り、その後新しいメンバーが加入。入ったばかりの新人がジョイスだ。
そんな〈過去〉の事件を楽しんでいたクラブに画期的な出来事が起こる。
本物の殺人事件が発生。
被害者は〈クーパーズ・チェイス〉の関係者。
しかも連続して2件!
調査過程で謎の古い人骨まで出現する。
張り切って解明に乗り出すメンバーたち。
果たして犯人は――。
と、説明はこれくらいにして正直な感想を述べよう。
ヒジョーに面白い!!
謎解き以上に、人物描写の上手さと丁寧な筆致に感服させられる。
多くの登場人物が出てくるが、ひとりとして〈つまらない脇役〉がいない。個性的で、長所も短所も人生における悩みも持ち合わせている。
それは殺された悪党どもしかり、警察官たち(あの手この手でクラブの一員に組み込まれる)しかり、神父様しかり、メンバーの身内や住人たち、かつての犯罪者たちもしかり。
〈木曜殺人クラブ〉の4人はそれぞれの特技や長所を生かして過去の歴史を遡り、いくつもの秘密を明らかにしていく。
しかし、ドロドロした暗さはまったくない。どの人物のどんな行動も判明してみれば「そうか、なるほど」の理由があるし、何よりメンバーたちが齢相応に描かれているのがよい。
無理なアクションはしないし、疲れれば早く寝るし、杖だってつく。
過去の栄光にはしがみつかず、限られた体力と時間を有効かつ愉快に使おうとする姿勢には、感動すら覚える。
長く生きてきた人間でなければ身につかぬ〈経験〉と〈思慮深さ〉と〈優しい視点〉が、複雑に絡み合った事件の糸を丁寧にほどいていくのだ。
そこには悲しい真実と別れもあるのだが……根底にある〈ゆるぎのない愛〉に胸を打たれる。ミステリーの中に〈恋愛〉と〈老いる哀しみ〉と〈人生の素晴らしさ〉がたっぷりと詰め込まれた極上のストーリーといえよう。
(白状すると、人骨の解明過程が面白すぎて肝心の殺人事件をすっかり忘れていた。モチロン最後に犯人が判明するのだが……)
いやいや、警戒アラーム「ピピッ」どころか、読み終えて「パンパカパーン!」とラッパでも吹き鳴らしたいほどの満足感。
タイトル・装丁・内容とも三つ巴の面白さ。
解説によると本書は数々の賞を受賞し(納得!)、続編も出る予定だとか。いまから発売が待ち遠しい。
コンコン。
皆さんも、〈木曜殺人クラブ〉のドアをノックしてみませんか?