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体育における「思考」の分類

従来の体育に対して多くの人が抱いている懸念が「技能偏重」である。他の多くの教科と同じように(あるいはそれ以上に)体育では「できる」ことが良しとされ、そのための修練に多くの時間が割かれている。したがって、そこに生じる実力主義の世界に息苦しさを感じる子供は数多く、体育が「運動嫌い」を生んでしまっている大きな原因であるという意見も少なくない。

そこで、私がnoteやTwitterで提案しているのが、頭を働かせて楽しむ体育である。ゲーム化してかけひきを楽しんだり、運動前の作戦会議を充実させたりして、運動技能のレベルに関係なく楽しめる体育実践例を多数紹介している。だが、そもそも体育で「頭を働かせる」とはどのようなものなのかについては、これまであまり触れてこなかった。本稿は「頭を働かせる=思考」と定義し、思考プロセスの構造と場面設定による分類を試みる。

1.思考プロセスの4ステージ

思考プロセス

スポーツや運動場面において「思考」とみなされる行為は、上図の4つのステージに分けることができる。まずは、【認知 perceive】:視覚や聴覚、触覚などを用いて情報を知覚するインプットの段階である。次に、【認識 recognize】:知覚した情報を基に、状況を理解する段階である。この段階では、知覚できていない部分(視野外の様子や時間軸、相手の感情や思考など)を「想像」することで補うことも含んでいる。ここまででインプットが完了すると、【選択 select】:状況に対応するためのアウトプットストラテジー(手段)を選択する段階に入る。そして、どんなストラテジーをとるか決めたら、【実行 implement】:選んだ手段のアウトプット段階へと入っていく。

さらに、それぞれの「→」の位置でも多様な判断が下されている。
【認知】→【認識】では、①どこから情報を得るか(意図的な情報認知)、②どの情報を採用するか(情報の取捨選択)、③どの情報をより重視するか(情報の重みづけ)などが行われている。
【認識】→【選択】では、①状況をどのように変えたいのか(あるいは維持したいのか)、②どんなストラテジーが自分に合っているか(コンピテンシーとの整合性)、③それを実行したらどうなるか(結果の想像と予測)などが判断を左右する。
【選択】→【実行】では、①いつ実行を開始するか(実行のタイミング)、②どのくらいの強度で実行するか(出力の強度)、③いつ実行を止めるか(停止のタイミング)などを検討する必要がある。

思考プロセス2

つまり、4つのステージの移行時にそれぞれ小さな思考プロセスが存在し、入れ子構造のようになっているのである。そして、ストラテジーの実行によって状況が変わると、再びその状況を【認知】する段階へと戻ることになり、この思考プロセスは循環することになる。

また、スポーツによってこの思考プロセスの『所要時間』が大きく異なる点は無視できない。例として2つのスポーツを挙げてみる。

例1)ゴルフの場合
【認知】・ピンを発見する ・バンカーを発見する
    ・木々のゆれを見る ・芝の長さを見る など
【認識】・残りヤードを把握する ・風の影響を計算する
    ・ライ(ボールの置き状態)が打ちやすいかを判断する など
【選択】・打ちたい距離と弾道をイメージする
    ・使用するクラブを選択する
    ・必要な身体の使い方や力感をイメージする など
【実行】・シミュレーション通りに身体を動かす
例2)野球(バッター)の場合
【認知】・ピッチャーの動きを見る
    ・放たれたボールの軌道を見る など
【認識】・到達までの時間を把握する
    ・回転や軌道から球種を判断する など
【選択】・バットを出すか見送るか ・打ち返す方向の判断
    ・カットするか など
【実行】・動き出しのタイミングを計る
    ・シミュレーション通りに身体を動かす など

このようにみると、ゴルフは【認知】→【選択】までが非常に長い時間を使えるのに対し、野球はそれらをコンマ数秒の超短時間でしなければならないということがわかる。また、同じ野球でもピッチャーはより多くの時間をかけることができる。相手の動きに反応してリアクションをとらなければならない場合は、この思考スピードが一気に加速し、直感的になるのである。

そして、当然ながらスピードが上がればミスの可能性も高まる。そこでこのようなプロセスのステージ分けができていれば、ミスの原因の所在にも気付きやすくなる。各ステージで生じるエラーは主に次のようになる。
【認知】のエラー:知覚すべき情報に気づけなかった など
【認識】のエラー:情報の取捨選択の誤り・重みづけの誤り など
【選択】のエラー:ストラテジー(手段)の誤り など
【実行】のエラー:タイミングの誤り・強度の誤り・技術的エラー など
このように結果的な「ミス」でも、どの段階でのエラーなのかによってとるべきアプローチが変わってくる。そこを明確にするためにも、このような思考プロセスの構造化は役立つと考えられる。

2.思考作業の軸の設定

さて、話を体育に戻す。冒頭に述べたように、私は技能偏重からの脱却のために「考える体育」の必要性を提案してきた。では、体育における「思考」の場面には、どのようなものがあるのか。それらを分類するために2つの軸を設定する。

(1)言語的か感覚的か
「考える」という行為には、言語を伴うことが多い。誰かとディスカッションをしたり、気付きを言語化してまとめたりする過程を「思考」とよぶことがよくあるだろう。一方で、先述したバッターなど、無言で相手の脳内を探ったり、直感的に反応したりしなければならない場合もあり、これらは言語を伴わない。したがって、運動における思考には、言語的なものと非言語的(感覚的)なものがあるといえる。

(2)自己の内側に意識を向けるか外側に意識を向けるか
先述のゴルフを例にとると、試合中のゴルファーはピンの位置や風向きなど、自己の外側の環境にアンテナを張り、情報をキャッチしている。しかし、ショットの瞬間や練習中には、自己の内側に意識を向け、身体感覚を研ぎ澄ませる。どちらも「思考」しているとよべる行為だが、明らかに意識の向かう方向が異なっている。したがって、思考を自己の内側に向けるもの(内向的)と自己の外側に向けるもの(外向的)があるといえる。

3.体育における4つの思考

4つの思考

以上の2つの軸を用いて4領域に分類すると、体育(運動場面)における「思考」は上図のとおりになる。

A.仲間とのコミュニケーション
自己の外側に意識を向け、言語を用いた思考をするこのエリアは、主に「コミュニケーション」に相当する思考が当てはまる。主に仲間関係にある他者とのコミュニケーションが中心となり、作戦会議や助言・フィードバックなどが多くなる。

B.ゲームにおけるかけひき
自己の外側に意識を向けるが、言語を伴わない思考をするこのエリアは、主に「かけひき」に相当する思考が当てはまる。相手の動きだけでなく、ボールの動きや笛の合図などにすばやくリアクションすることが求められる場面で多く発生するため、事前の「予測」をすることが中心となる。

C.運動感覚の言語化
自己の内側に意識を向け、言語化を試みる思考をするこのエリアは、主に「動きの理解」に相当する思考が当てはまる。映像を用いた動きの分析や動作のポイントの言語化をすることで、知識として獲得することを目指すときの思考に多く用いられる。自己分析だけでなく、他者の動きを客観的に捉えて「教え合い(コーチング)」をするタイプもある。

D.運動感覚の精緻化
自己の内側に意識を向け、言語を伴わない思考をするこのエリアは、主に「動作の獲得」に関連する思考が当てはまる。同じ動作を繰り返し練習してその運動のコツを見つけたり、多様な運動感覚を味わうことでコオーディネーション能力を高めたりするなど、トレーニング要素の強い思考となる。

さらに、2領域ずつの区切りでも次のような特徴がうかびあがる。
A・C(上部2領域)
この2つは共に「言語活動を伴う」ため、自己分析やチーム内の作戦などすべての思考が「意識的」に行われることになる。また、運動前・中・後にそれぞれ明確な意図を持った思考活動(言語活動)を取り入れることができる。試合前の話し合いや、映像やスタッツ集計による分析など、特に運動前後の思考活動を充実させることができる。すべての思考活動が言語としてアウトプットされるため、指導者にとって評価しやすい。

B・D(下部2領域)
この2つは共に「言語活動を伴わない」ため、あらゆる思考が「感覚的」に行われることになる。多くのスポーツは「ゲーム」の要素を含むため、必然的にかけひきが生じる。このゲーム中のかけひきがスポーツの魅力でもあり、ここを充実させることでより楽しむことにつながる。また、このタイプの思考はほとんどが運動の最中に発生するもので、極めて瞬間的なものであることが多い。したがって、後から振り返ることも難しく、また個人の内面でのみ生じるものであるため他者が見取ることは非常に困難である。

A・B(左部2領域)
この2つは主に「技能を生かすための思考」となる。ゲーム場面またはその前後で生じる思考活動となるため、今持てる技能をどのように活用するかに焦点が当たることになる。特にチームスポーツや鬼遊びなど対人での運動時に多く発生するため、スポーツを楽しむ入り口としてはぜひとも充実させたいところである。しかし、ボール操作がおぼつかないなど技能の壁に直面するとこの思考にブレーキがかかってしまうため、参加者の技能レベルを考慮したゲームデザインが非常に重要となる。

C・D(右部2領域)
この2つは主に「技能を高めるための思考」となる。自己の運動感覚や身体操作に意識を向ける(internal focus)ため、陸上や器械運動などの個人種目に多く用いられる思考となる。自分自身の技能に目を向ける思考を集団でさせると、同時に他者との技能差を自覚することになることには十分留意したい。このタイプの思考を体育でさせる場合は、各自の技能レベルに合わせた課題が選択できることと、課題の難易度による優劣がつかないことへの配慮が欠かせない。

4.指導者がどの思考を意図しているか

ここまで体育における思考活動を詳細に並べてきた。最後に述べたいのは、これらの思考を子供にさせたいときの指導者の意図についてである。大きく分けて2つの視点があり、①どのタイプの思考をさせたいか、②その思考への意識を子供と共有するか、である。

「どのタイプの思考をさせたいか」については、文字通りその授業で子供にさせたい思考が、前述の思考分類のどこに当てはまるかを明確に理解しているかが重要になる。これまでの学習指導要領は「言語活動の充実」を求めており、それに伴って上記の分類における「A・C(上部2領域)」が多く取り入れられてきた。実は、これらの言語を伴う思考はほとんどが運動の前後で行われるものであり、思考のために一時的に運動から「距離をとる」必要がある。

しかし、「B・D(下部2領域)」の存在が明らかになると、運動の最中にも様々に頭を働かせていることがわかった。これらの運動中の思考は見取ること(評価すること)が非常に難しいが、だからといってさせなくてよいことにはならない。指導者が「評価をするため」の思考ではなく、子供の「運動体験を豊かにするため」の思考をさせたいが、そのためには指導者がどんな思考場面を提供しているのかを明確に意図できる必要がある。

次に「思考への意識を子供と共有するか」である。これは、子供が「考えることが大事だと自覚しながら意識的に考える」のか、「運動を楽しんでいる結果無意識的に思考が活性する」のかという違いである。前述のとおり、指導者側は子供の思考活動を明確に意図しなければならない。しかし子供にとっては、それは必ずしも必要ではない。授業の冒頭に「動きのコツを見つけよう」などと明確な思考の目標を掲げれば、当然思考は意識的に行われるだろう。だが、そんなめあてを立てなくても、子供は楽しければ自然とかけひきをするようになる(鬼ごっこなどがそうであるように)。思考を活発にさせたければ、逆にゲーム内に没入できるように「思考」から目を逸らさせることが効果的な場合もあるということだ。

今回は体育における「思考」を詳細に分類することを試みてきた。体育以外の多くの教科でも「思考」は重要な要素であり、そのプロセスは共通しているものが多いだろう。しかしあえて「体育における」という限定をしたのは、体育(運動やスポーツ)場面には、「言語を伴わない思考」が特に多いからである。この「目に見えない思考」をどのように充実させ、運動体験の満足につなげていくか。ここが体育指導者に問われるミッションの1つなのだろう。本稿がみなさんの「思考」の一助となれば幸いである。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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