なぜ体育は「エンタメ」になれないのか?

先日私は次のようなツイートをした。

この真意を知りたいというコメントをいただいたので、私がこのように感じた理由を本稿にまとめることとする。まず簡単にロジックの整理をすると以下のようになる。

学校教育は、学校の外側(=社会)にある文化や
様式を子ども向けに「再現」する場所である

「体育」は、子どもが生涯にわたって
「スポーツ」に親しめるための素地を養うことが
「究極的な目標」である

この「究極的な目標」は
再現された「楽しい」経験を
積み重ねることでのみ達成できる

スポーツは余暇を楽しむエンタメの一種であり
それを再現する体育は「今ここ」の楽しさを
創ることに全力を注ぐべき

「今」を楽しむエンタメ的視点は
「未来」を見据える教育的視点と相性が悪い

学校教育という文化の役割

世の中に存在する文化は「それ自体を楽しむための文化」「他の文化を生かすための文化」に分けることができる。教育という文化は後者であり、人々が他の文化を理解したり堪能したりするための”補助”的な役割を持つ。

中でも学校教育は、子どもたちにそれらの文化の「試食」をさせるための機能が非常に大きい。母国語や文学作品などの文化を「試食」するのが「国語」であり、政治や歴史という文化を「試食」するのが「社会科」であり、集団生活のマナーやモラルという文化を「試食」するのが「道徳」である。この試食によってその文化の味を理解させ、さらに卒業後もその味を求めるような人間にしていくために学校教育という文化はある(少なくとも「まずい」と思わせてはいけない)。

ほとんどすべての試食が「初体験」の子どもたちに、そのままの味を体験させては刺激が強すぎる場合も多いだろう。そのため学校教育は、子どもたちにも食べやすい形にその文化をアレンジをする。だがあくまでも目的は「本家の味を体験させること」なので、アレンジはしつつもメインとなる味は再現しなければならない。

体育は何を再現すればよいか

では「体育」はどの文化を試食させる場なのか?それはもちろん「スポーツ」である。そして、卒業後もスポーツを求める人間にすることが体育に期待されている役割である。このことは「生涯スポーツ」という言葉で表され、その達成が「究極的な目標」であると文科省は明示している。

では、それが達成された「生涯スポーツを実現できている状態」を具体的に考えてみよう。スポーツクラブで汗を流したり、公園でサイクリングをしたり、日本代表の試合を観戦したりするスポーツ活動は、どれも「その時間を楽しむため」に行われている。端的にいえば「エンターテインメント」であり、「今」を豊かにするために行う余暇としての行動がスポーツである。

余暇の過ごし方には、他にも読書、サウナ、ショッピング、スマホゲームなど、現代はそのバリエーションが加速的に増えている。その中でも「スポーツ活動」がその人にとって上位にランクインし、選ばれるようにすることを体育は目指したいと自ら公言しているのだ。ならば、学校体育という「試食」を通して、”スポーツは今を楽しく豊かにするものだ”というメッセージをとことん刷り込まなければならない。したがって、体育が再現すべきはスポーツの「エンタメ性」であり、体育の授業そのものをエンタメ化することが必要なのだ。

教育はエンタメを迎合できるか

ところが、この考え方は従来の教育観とはあまりなじまないように思う。なぜなら、教育という文化は「能力開発」という色合いが強く、「今」よりも「未来」にフォーカスしているからである。将来大輪の花を咲かせるために今は「下積み」が必要だ、日の目を見る春の前には「冬の時代」がある、その文化を楽しむためにまずは「基礎の習得」が不可欠だ、などのような我慢や努力といった教育特有の抑圧的な風土がある。

特に「心身の鍛錬」という目的から始まった学校体育は、ことさらその気質が強い。目標こそ「楽しいをたくさん体験させよう」が追加されたが、「身体感覚を養おう」「体力を向上させよう」といった元来の能力開発目標も並列され、実践的なレベルでの共存が実現できない教員がまだまだ多いと思われる。そもそも「未来」のために「今」を犠牲にするトレーニング性の高い体育に、「今」を最大限楽しもうとするエンタメ性の高い体育が共存できるわけないのだ。

体育に限らず、今多くの教科で起こっているパラダイムシフトが「学びのエンタメ化」である。未来のために今はこれを習得させておくという「知識の伝達型」ではなく、今目の前の活動に夢中にさせれば自然と学び取ってくれるだろうという「知識の創発型」に教員側のマインドをシフトする必要があるのだ。

体育はスポーツの「動きやスキル」ではなく「エンタメとしての楽しさ」を再現することが、掲げている最上位目標を達成する唯一の道なのである。まずは「毎回の体育がめちゃくちゃ楽しい!」を達成し、その中でいかに運動感覚等の能力開発や思考力の向上ができるかという順番であることを忘れないでほしい。

最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?