家出


決して家を出ようとしない引きこもりの息子のために、父はせっせと家を拡張し続けた。

そして、数千年のときが流れた。

□□

家を出よう。ある日、そう思い立った。

なぜ、そんな決意が自分の心の中に湧き上がったのかは分からない。

顔も見たことの無いネット彼女のエルサが他に好きな人が出来たと言って音信不通になったときにその決意の芽が生まれたのかも知れない。だが、ちょっと違う気がする。

長年プレイしていたネットゲームに新作が発売されて、慣れ親しんだ世界から日に日に知り合いが消えていく、あの虚しさを知った日からその決意の芽が生まれたのかも知れない。

だが、それもちょっと違う気がする。

要は、事はもっと単純で、俺はこの生活に疲れ果ててしまったのだろう。

部屋を出て、廊下を歩く。裸足でフローリングの床を踏む。よく軋む箇所を身体が覚えてて、今日も無意識に踏み鳴らして歩いた。

部屋からトイレまで続くこの廊下はよく歩く。ただし、今日はいつもより足を伸ばして先に進む。玄関に、俺の靴はそのまま残っているだろうか?大学に行かなくなったその日から、俺は1度も玄関に足を下ろしていない。思えば、ずいぶん長い事部屋にいたもんだ。

が、すぐに違和感が訪れた。記憶にある家の構造と、まるで一致しない。フローリングの廊下がいつまでも長く続く。

ぺたり、ぺたり、と歩き続けてようやく廊下が終わったそこにも、玄関は存在しなかった。


玄関の終わりに思えた木製のドアを開ける。

思わずめまいを覚えた。ドアの先にさらに廊下が続いているのだ。

後ろを振り返っても廊下が長すぎて俺の部屋は見えない。500メートルとも1キロとも感じられる距離を歩いていた。

廊下のフローリングの上に敷かれた、不自然なくらい薄汚れた段ボール。その砂でざらついた段ボールの端を俺の足は踏んでいる。

家の中にあるモノとしては不自然なくらいの薄汚れ方をしている。

床に敷かれ連なる段ボール絨毯《じゅうたん》を踏んで歩いていくと、先の方にこんもりと盛り上がりがあるのに気づく。段ボールが複数個分、組み合わされ、段ボールの寝袋のようなものが出来上がっている。

中に、貧相な体型をした男が寝ていた。鳥肌がたってくる。なぜ、俺の部屋から通じる廊下の奥で、ホームレス風の男が寝ているのか?

分厚く心をおおった恐怖の奥から、怒りがようやく顔をのぞかせる。

人の家の廊下で、ホームレス風の男が寝ている。何してやがるバカ野郎。

俺は、足の側面で思いっきり段ボール寝袋の真ん中あたりを蹴り抜いた。

靴を履いてたなら、思いっきりトーキックを突き刺してやるところなのに。

段ボール寝袋の中身がガバッと起き上がった。

薄汚れたホームレス然とした服装の男だが、意外に目鼻立ちがはっきりしてて彫りの深い顔をしている。ハリウッド俳優の渡辺謙が気合を入れて浮浪者の役作りをしたみたいな風貌。

驚愕に染まった顔。

なんでお前がビックリしてんだよ。ビックリしたいのはこっちだよ。

ホームレス風の男は、自分の身体を包んでいた段ボールの一部を手に持ったまま脱兎の如く逃げ出した。

不意をつかれたのと、長年の引きこもり生活で運動神経が腐れきってたのとで何の反応も出来なかった。

無意味に獰猛な声でホームレス風の背中に、おい!とか怒鳴りつけてみたけど、男は振り返りもせずに廊下の先を遠ざかって姿を消した。

静寂がおりてきて、驚愕で浮かび上がった脳細胞の粒が落ち着いてくると、改めて恐怖感が湧いてくる。

今の、なんだったんだ?本当に。それに、この廊下はどこまで続いているんだ?

不意に尿意に襲われる。

自分の家の元々の構造を必死に思い出してみるがトイレは一つしか無い。この先を歩き続けてもトイレがある保証はなかった。

それでも、俺は、戻る気にはなれずに先を進んだ。今、来た道を戻れば永遠にこの家から出られなくなる。そんな気がしたのだ。

下腹部で膀胱の存在感がますます高まっていく。思考も感情も下腹部に吸い上げられてくような切迫時のあの感覚。

いったん、部屋のすぐそばにあるトイレに戻っておけば良かった。ずいぶんと歩いてから後悔してくる。しょせん家の中だとたかをくくっていた。歩いても歩いても終わらない廊下。途中で、明らかに壁や床の素材が変わった。材料のストックが尽きて別の建設業者が引き継いだのかも知れない。内装の雰囲気も少し変わった。

思考が蒸発して、白熱した尿意だけが頭の中を支配し始めた頃、廊下の先から生ぬるい風が吹き込んで来た。風にのって、新聞紙が舞ってくる。

どこか、遠くの方から、低く鈍い音が響いてくる。何かとてつもなく重い物を引きずるような音だった。

壁の質感が変わる。それと同時に、廊下の幅と高さが急激に高くなる。

廊下はT字路で行き止まりとなって、そこで大きな通路と合流した。

その通路には、無数の通行人が行き交《か》っていた。表情が無い通行人たち。サラリーマンや社会人然とした着こなしの女性たち。

我が目を疑った。知らない間に、俺は家から出ていたのだろうか?

いつの間にか部屋の廊下から、公道へと合流していたのか?

人波に入って、どこかに運ばれてゆく。

どうも、駅の構内にある通路のような気がする。俺は必死でトイレのマークを探した。

売店の中のおばちゃんと目が合う。歩み寄ると、おばちゃんはなぜか酷く動揺した。

「トイレはどこでしょう?」

「・・・・・・」

驚愕に染まった顔。

「お手洗いの場所を教えてもらえませんか?」

「・・・・・・これは、テストですか?」

ずいぶんと奇妙な返しだ。こちらはトイレの場所をきいているのに。

「トイレの場所、分からないですか?」

膀胱の許容量と反比例して俺の優しさゲージは目減りしている。今はもう完全に心の潤いが乾上《ひあ》がっている。

「・・・・・・あなたの家の中ですよ。どこで排泄しても、それはあなたの自由です」

「・・・・・・はぁ?」

俺は、構わず歩きだした。ここが予想通り駅の構内ならば駅員にきくのが一番確実だろう。

いた。変に急ぎ足で大股になると漏れてしまいそうなので、平安時代の高貴な女性みたいなそろそろした足どりで駅員のもとに急ぐ。

また、あの表情だった。『ぎょっ』という擬音が顔の斜め上に大きく浮かび上がってそうな表情で俺を見る駅員。火事でも発見したみたいな。

「・・・・・・あの、トイレはどこでしょうか?」

「まさか、お家を出ようとなさってるのですか?」

駅員の服装をした男がそんな奇妙な言葉を返してきた瞬間。

通路の内部を行き交っていた数え切れないほど無数の足が同時に止まった。

異様な気配に、周囲を見回す。と、全員が驚愕に染まった顔で俺を見ている。

一番そばにいる二十代前半くらいの小柄な女の顔がぷるぷると震えていた。

何か、非常にまずい状況だって事は分かる。

「いや・・・・・・トイレを探してるだけなんだけど」

何事も無かったかのように、周囲の足が動き始めた。通路の中を整然と流れ出す人波。

俺の心臓だけが、さっきの異様な空間から波紋を受けてばくばく鳴り続けている。

「トイレですか。それでしたら、ホームに降りて二駅先に下車してください」

それだけ言ってサッと立ち去ろうとする駅員。いや、ちょっと待て。トイレが二駅先ってなんだ?それに、どっち方向に二駅なんだ?

社会で流通する言葉遣いに直してそう伝えると、向こうは苦虫を噛み潰した表情でまた奇妙な事を言う。

「自分の家なんだ。行けば分かるでしょうが」

ホームに降り立つ。自分の心の中をのぞき込むようにして、うつむき加減で電車を待っている人々。

地下鉄のような構造をした駅の、路線図が目に入ってきた。一見して普通の路線図だが、駅名が引っかかった。

『リビング前1丁目』

それが、次の駅の名前だった。ここは、始発駅であり終着駅なのか路線図はここから一方向にしか進んでいない。

それにしても、このふざけた駅名はなんだろう。

路線図に表示された駅名を目で追っていくうちに、呆れた気持ちの上に、だんだんと恐怖の気持ちが滲《にじ》み出してきた。急速に塗り替えられていく心境。

『リビング前1丁目』『リビング前2丁目』『リビング前3丁目』『リビング前4丁目』『リビング前5丁目』『リビング前6丁目』・・・・・・

どこまでリビング前が続いていると言うのだろう?20丁目あたりまで目で追って、気持ち悪くなってきて目を伏せた。

【ここは、あなたの家の中でしょう】

あの、異様なセリフが頭の中にこだまする。

バカな、ここはまだ、家の中だとでも言うのか?どう見てもこれは地下鉄の駅構内にしか見えない。

無人の車両がホームに入ってくる。薄ら寒いような不安感に背中を撫でられてるようで、なかなか足が前に出なかった。

破裂寸前の尿意に支配されてなかったら、車両に乗り込む勇気は最後まで出なかったろう。

俺が乗り込むのを待っていたかのように、ドアは背後ですぐに閉まった。

走り出した電車のガラス窓に、白くたるんだ顔をした男が映り込んでいる。心の中の自分のイメージとあまりにもかけ離れた醜悪な姿にショックを受ける。

引きこもって、ぬるま湯に浸かり続けた男の顔は、どうしてこうも似てくるのだろう。昔、観た引きこもりのドキュメンタリーに出てきた顔と、まるっきり似たような顔だ。

二駅目。ガラス窓に映る自分の姿から逃げるように電車から降りた。

改札機など、どこにもなかったはずなのに、そこはもう町中だった。どこかの住宅街の一角。トイレなど見当たらない。

もう限界だった。俺は電信柱の横でズボンを下ろした。惨めな思いで、電信柱と見つめ合いながら放出する。

甘ったるい臭いが電信柱の根元から立ち上《のぼ》ってきた。真っ黄色の糖尿小便。

外でするのなんて何年ぶりだろう。膀胱がしぼんでいくにつれて周囲の目がようやく気になりだす。

ここは、どこなんだろう?部屋からはもう出たはずなんだが、一体どの時点から?

そのとき、微かに潮の香りを感じた。

住宅街の道を吹き抜けていく風。その風の中に潮の香りが混じってる。

少し歩くと、視界が開けてきた。この住宅地は海を見下ろす高台の上にあるようだった。

プラスチックの、レゴブロックで出来たような鈍い色合いの海。いつの間に、こんな遠くに来ていたんだろう。家から二駅程度の場所に、海なんてあっただろうか。記憶が曖昧で、家に引きこもる以前の事がすべてぼんやりと霞んでいる。

ただ、何となく、海の方に歩いた。道は頼んでもないのに、着実に海場へと続いている。

途中、カップルや家族連れとすれ違った。

やはり、びっくりした表情を隠そうともしていない。まるで、不法侵入してるのがバレたかのような後ろめたい気配。

俺は、いたたまれない不快感を胸の中に抱える。

浜辺。

変哲の無い浜辺。

波打ち際に何かが落ちている。

歩み寄って拾った。水に濡れる感触。初めて俺は、自分が裸足であるのを意識した。

俺はまだ玄関に到達していないのだ。その事を思い出す。

波打ち際に落ちていたのは、プラスチック製のオモチャだった。どこかで、見覚えのある気がする。

何気なくプラスチックのロボットの、足の裏を見た。そこには、つたない平仮名の字で俺の名前が書かれている。

それは、間違いなく俺が子供の頃に買ってもらったオモチャだった。

オモチャを手に、ぶらぶらと歩いていると看板が目に入った。

【リビング海 完全私有地につき遊泳禁止】

リビング海?完全私有地?

先ほどのカップルや家族連れの後ろめたそうな表情が脳裏をよぎる。

そして、浜辺に打ち上げられていたオモチャ。子供の頃になくしたはずのオモチャ。

冗談がキツすぎる。まだ、俺は自分の部屋の中にいるとでも言うのか?

砂浜から離れて、海岸沿いの道を歩いた。

空が鳴っている。見上げると、飛行機の腹が見えた。民間のジャンボジェット機が上空を飛んでいる。はっとするくらいの低空飛行だ。そばに空港があるのか。

いくらなんでも、飛行機に乗ってどこかへ運ばれてしまえば、その時点で自分には関係の無いどこか所縁《ゆかり》の無い土地に着くだろう。

裸足で踏んでいるアスファルトの感触を意識した。この足で、空港までもつだろうか?

海岸沿いの道路をときおり走り抜けていく一般車両。タクシーが来ないかと少し期待して目線を向けているのだが、気のせいか俺が見ていると車が急に慌てたように加速して走り抜けてしまう。

危害を加えるつもりなんて無いのに、逃げるようにして加速する車を見ているとなんだか腹が立ってくる。

もし、本当にこの道路が俺の家の中にあるというならば、勝手に走り抜けているあの車たちは俺にもっと敬意を払うべきじゃないのか?

後ろを振り返ると、しずしずと走っていた車がまた慌てたように急加速した。

俺は、ちょっと意地悪な気分になってタクシーを止めるみたいに横柄に手を上げる。

俺の横を走り抜けた車は、突然、急ブレーキを踏んで蛇行しながら何十メートル先の対向車線で斜めに止まった。

思いもよらない過激な反応に、心臓が喉の奥でばくばく鳴っている。

走り寄って運転席をのぞき込むと、中で、中年男性のドライバーが怯えきった表情でこちらを見上げていた。窓ガラスをノックすると、男はしくしくと泣きながら電動ウインドウを開けた。

「悪いけど、空港まで送ってくれないかな?」

男は電光的なスピードで車から飛び出すと、倒《こけ》つ転《まろ》びつしながら助手席のドアを開け、うやうやしく俺を招き入れた。

「悪いね。靴が無いもんで。足が痛くてね」

男はその場で転げ回りながらあっという間に靴を脱いで俺の前に差し出してきた。割と新しいスニーカーだった。

「いいのかい?」

中年男のスニーカーを履くのはちょっと気持ち悪かったけど、裸足で空港をうろつく気まずさを想像する。拝借する事にした。

「あなたの部屋にあるものは、物、人、あらゆるものがあなたの所有物であり、あなたの部屋にいる以上、私たち居候人は、たとえ妻、子供、すべての財産とて要求されれば差し出さねばなりません」

直立不動でそう宣誓する中年男。その話が本当ならば、俺のそばを通る車が逃げるように加速したのもうなずける。

なんだか、北朝鮮の総統とかカルト宗教の教祖になったようで痛快な気分になってきた。

だが、自分の目的を忘れてはならない。俺は自分の家から出ようとして、玄関に向かっている途中なのだ。

空港に着いて、車から降りるなり、中年男の車は猛烈なスタートを切って走り出した。素足でアクセルをベタ踏みしてるのかと思うと笑えてくる。一体、どこへ向かう飛行機なのだろう。また一機、轟音をあげてジャンボジェットが飛び立って行く。

現金もクレジットカードも持っていない事に気づいたのは受付で女性事務員と対面したときだった。なぜ、今まで忘れていたんだろうもと考えて、そもそも俺は自分の部屋を出て玄関から家を出ようとしていただけなのだと思い出す。現金もクレジットカードも用意する必要も無かったのだ。家から出るだけなのだから。

打ち上げられた魚みたいにぱくぱく口を開いたが、言葉が出ない。

お金を忘れたんだけど、飛行機に乗せてくれないかな?

空港という空間には何か公的なパワーがみなぎってて、そんな意味不明な言葉を口走るのは非常にはばかられた。

だが、受付嬢はそんな俺の逡巡《しゅんじゅん》を吹き飛ばして、さらに支離滅裂な事を言ってきた。

「ご移動ですね!すぐにプライベートジェットを手配させます」

受付嬢は目を見開いて笑っていて、異様に潤んだ目からは今にも滴となって涙がこぼれ落ちそうになっていた。

立派な身なりをした男が二人、受付に駆けつけてきた。国賓でも扱うような丁重さで、俺をどこかに先導して連れていこうとする。

ふと、周囲を見るとスチュワーデスの集団が直立不動でこちらに敬礼していた。パイロットも、同じように敬礼している。それだけじゃない。空港のロビーにいる一般の人々も全員が・・・・・・こちらに向かって・・・・・・。

まるで、キューバ国内を移動するフィデル・カストロ状態。

最高級スーツに身を包んだ航空会社幹部と思われる二人についていくと、VIP専用通路と思われる人気の無い廊下を進む。

こちらが不安になるぐらいの呆気なさで、俺は飛行機に搭乗させられた。無人のジャンボジェット機。ファーストクラス。

飛行機は、なにやら煩雑《はんざつ》な手続きをくぐり抜けてようやく乗れるものってイメージが強いせいか、こんなに呆気なく座席に案内されると尻の座りがやたらと悪い。妙な罪悪感というか後ろめたさがある。

しかも、飛行機内には俺以外誰もいない。逆差別もここまでくるとホラーだった。

何人かのスチュワーデスが通路の奥からこちらをうかがってるのが視界の隅で見えた。その顔にあるのは明らかな戸惑いと恐怖。

こんなに忌み嫌われていて、一人で飛行機に乗せられて、大丈夫だろうか?わざと墜落させられて山中に葬られるイメージが浮かんだ。自分たちだけパラシュートを着けて飛び降りていくパイロットやスチュワーデスたち。

降りようか、と真剣に考え出したとき、ジャンボジェットは滑走路を滑り出した。

周りに一人の乗客もいない中、滑走路をぐんぐんと加速していく。恐怖を、他の乗客がいる事でどれだけ分散できているか。チャンスがあるなら一人で離陸してみるといい。

それにしても、この飛行機の行き先はどこなんだろう?そんな事さえ知らされずに飛行機に乗せられてしまった。ちゃんと料金を払って、自分で行き先を選択して移動するつもりでいたのに、なぜこんな事になってしまったのか?なぜ世界はこんなにも俺に干渉してくるんだろうか?

□□

耐え難い空腹で目覚める。

ジャンボジェットは安定した高度のまま飛行を続けていた。

通路の奥から定期的にこちらをうかがうスチュワーデスの姿は相変わらずだ。

俺は、空腹でフラつきながら座席にすがりつつ通路の奥に歩いた。殺人鬼に追い詰められたハリウッド映画の女性キャストみたいな表情で目を見開く女たち。

「悪いけど、飲み物と食事をお願いします」

食事を済ませて、気分が落ち着いた。ずいぶん時間が流れた気がする。窓に寄ると夕陽が見えた。

飛行機は夜の中を飛び続ける。

2回目の食事をとり、睡魔に襲われる。

クモの巣のように粘りつく惰眠にからめ取られ、何度も二度寝を繰り返した。

苦しい眠りの中からようやく抜け出して、ダルい身体を窓際に移動させると、輝かしい日中のただ中を飛行機はまだ飛んでいた。

一体、何千キロ飛び続けるつもりなのだろう?だが、目的地が不明な以上、文句をつける根拠もない。

俺は、むしろ惰眠が疲労を深めたみたいな身体を生きる苦痛に耐えながら座席に置いて待ち続けた。

□□

いくらなんでもおかしいと引きこもり生活で日常感覚が失われてる俺にも分かった。

すでに飛行機は3日も飛び続けている。シートには俺の体臭が染み付き、家の中の匂いが客室にこもってる。

地球上で一番遠い国にフライトするにしたって、こんなにかかる訳がないだろう。連中は、なんらかの理由で俺を飛行機から降ろしたくないのだ。

CAと書かれた座席前部の呼び出しボタンを連打する。だが、いっこうにスチュワーデスは来ない。CAとはキャビンアテンダントの略か。だが、航空会社の真意が込められてる『スチュワーデス』という単語の方が俺の中でいまだにしっくり来る。

通路の奥に行ってみると、伝染病にかかった豚を見るような目で女たちは俺を見てくる。やはり『スチュワーデス』がぴったりという目つきだ。

「一体、いつまで飛び続けるつもりですか?」

女たちの表情の険悪さに気圧されて次の言葉を飲み込む。

俺の事を、空に監禁しているつもりか?

だが、腹に据えかねて吐き出したその言葉が、事態の異常な急変をもたらした。恐慌状態でパイロット室に駆け出していくスチュワーデスたちの背中を見送って、また始まった、と俺は呆れながら座席に戻った。

座席に戻って、飲みかけの烏龍茶を飲み干そうとした瞬間、顔に烏龍茶がぶつかってきた。

一瞬、事態が飲み込めない。地震か?と思ったがここは空の上だ。

シートベルトも締めていない俺は、座席から身体ごと浮き上がった。

死物狂いで座席にしがみつきながらようやく悟った。ジャンボジェット機が、信じられないような角度で急降下を始めたのだ。

まるで、俺のクレームに当てつけるみたいにして・・・・・・地上に向かって急角度で堕ちていく機体。狂ってる。キチガイじみたレスポンスの速さ。言われたそばから緊急着陸する馬鹿がどこにいる?

このまま地面に特攻隊よろしく突っ込むつもりなんじゃないか?と思った。内臓も心臓も、恐怖で握りつぶされている。無意識に漏れる叫び声が俺の頭の中だけで反響してる。

盤石《ばんじゃく》で強固だと思えた飛行機の壁が、薄焼き煎餅《せんべい》みたいにチープな軋み音をたてている。

斜めになった窓の外の景色から、地上の風景が一瞬見えた。下は陸上。それも大都市圏のようだ。あんな場所に墜落すれば、万に1つも助かるまい。

死を覚悟する暇《いとま》など寸分も与えられずに、破滅的な衝撃が俺の全存在を染めた。

□□

惰眠にふやけた精神を焦がす朝の光。

目覚めれば、いつも通り俺は自分の布団の上にいて──

目を開けると、顔面血まみれの女が満面の笑顔で俺の視界を占領していた。スチュワーデスの一人だ。右腕が折れているのか、ありえない方向に曲がっている。失神から目覚めた俺の目の前には、しっかりと悪夢の続きが延長されていた。

機体は大破せずに、あの衝撃から考えたら信じがたいほど原形を留めたまま停止していた。

だだっ広い海ではなく、雑然と高層建築が立ち並ぶ都市部に墜落したはずなのに、どうして機体が無事でいられたのか。

どことなく全体が痛む身体を引きずって、どうにか出口をこじ開ける。ようやく自分の置かれた状態に気づいた。

幾重にも立体交差しながら都市の中心を走る長大なハイウェイ。その首都の動脈とも言える道路に、このジャンボジェット機は不時着していたのだ。

何台もの普通自動車を大破させたり、立体交差した道路の下に弾き落としたりしながら着陸したのだろう。大惨事直後の騒然とした喧騒があたりで巻き起こってる。

このままここに居れば面倒な事が起こりそうだった。すでに、上空には何台ものヘリコプターが旋回していた。

非常口を開くと、緊急脱出スライドが巨人の舌みたいに外の世界に向かって膨張しながら飛び出した。パニック映画でたまに見かける、ビニールプールの滑り台バージョンみたいなあれだ。空気で膨らんだそれに全身を投げ出すのはずいぶん勇気がいる。

ほとんど飛び降りるのと同じ感覚で飛び出した。何度か宙でバウンドしながら下のアスファルトに滑り降りる。案の定、ものすごい勢いがついて太ももの横を思いっきり強打した。

ついさっきまで引きこもりだった俺が、なぜこんな目に遭ってるのだろう。痛みだけが支配する世界と折り合いをつける方法がまるで思い出せない。甘えたような苦悶の悲鳴を垂れ流して待つ以外に何の手だても無い。

焦燥感が痛みを上回る瞬間がようやく訪れて、柵にすがり付きながら立ち上がった。勝手に声が出る。身体が悲鳴を上げるってこの事だ。

だが、立体交差の最上段から見下ろす都市の景観が目に飛び込んできて、ほんの少しだけ痛みを忘れた。

これは、さすがにもう外の世界に違いない。

そう確信させるだけの、雑然とした都市の風景。人間が各々の意思で勝手に建物を拡張し、領有を主張し合って出来た。そんな猥雑《わいざつ》な景観なのだ。どこかの絶体君主が統一した意志で作る景色とは何もかも違う。俺は、きっと自分の部屋からようやく出れたのだ。

遠くから、サイレンの音が聴こえる。

辺りを見回す。でも、どこからこのハイウェイが下の雑然とした下層世界に通じているのか、まるで見当がつかない。

脚を引きずりながら、とにかくサイレンのする方向から逃げる。鼻の奥に焦げた匂いを詰めこまれたみたいでとにかく息苦しい。

ようやく、ここまで遠く部屋から逃げてきたのに、捕まるなんて真っ平だ。

向かう先から、鋼鉄の壁のようなものが押し寄せてくる。あまりに現実感の無い光景に、対処するのが遅れた。口をぽかんと開けたまま、しばらく立ち尽くしてしまったのだ。

横1列に並んだ装甲騎兵。鋼鉄製の人型兵器。巨人に鎧兜を着せたようなその機体が自分を目標にして歩いてきているのに気づく事ほど嫌な事は無い。

慌てて後ろを振り向くと、鋼鉄製の毒虫のような禍々しいフォルムの軍用ヘリコプターがハイウェイすれすれの高さを何十台と低空飛行している。

俺はこの世界を破壊しに来たテロリストと認定されてしまったのか?この過剰な対応は一体なんだというのか。

じりじりと迫り来る包囲網。本能的に走り寄ったのは柵の方だった。下を覗き込むと、意外な低さで立体交差の下の路面が見えた。上の喧騒をよそに、下の路面にはまだ車が行き交っている。

大型トラクターの背中が通りすぎようとしているのを見て、ほとんど何も考えずに柵を乗り越えた。あっ!という声が頭の中で聴こえた気がするが、それは自分自身の心の声だったのかも知れない。

明らかに、低いと思えたのは目の錯覚だった。普段なら絶対に飛び降りれるような高さじゃなかった。2階と3階の間くらいの高さがあったかも知れない。

背中から、物凄い衝撃を受けて内臓が口から飛び出そうになった。世界に精液でもぶちまけたように視界が白く濁る。

いまだに息できている事が不可思議でならない。天に暗幕がかかり、オレンジ色の月が出荷を待つ果物のように定期的に上空をよぎっていく。自分がトンネルの天井を眺めているのだと気づいたのは何十秒も後だった。

□□

トンネルを抜けると、そこは戦場だった。

自分とは関係が無い、そう分かるくらいの遠方で上がる爆炎。きのこ雲ほどでは無いが、まるでハリウッド映画のクライマックスのような大規模爆発が都市の一画で立ち昇る。

都市の上空を音速で突き抜けていく戦闘機。その通過地点がオセロの駒を置いたみたいに白熱した爆発球で彩られた。触れそうなぐらい分厚い重低音が遅れてぼん、ぼっん、ぼん、と空気を揺らす。

ハイウェイから見下ろす下層世界からは絶えず銃声が聴こえる。

都市の動脈に突っ込んだジャンボジェット機が、この戦闘のきっかけになったのは間違いない。元々、暴発寸前の緊張状態にあった地域に、あの墜落事件が火をつけたのだ。

空から容赦ない爆撃を加える死の鳥たち。地上の都市下層部からは、糸のような軌跡を残して幾条もの対空砲が打ち上げられた。

地上から伸びる糸のような白い弾道は、ぐにゃぐにゃとその白い尾を生物的に伸ばしながらどこまでも戦闘機を追跡していった。

空のあちこちで爆発が起こる。異様な追跡力をもった対空砲が戦闘機をことごとく撃墜しているのだ。

対空砲の恐怖でパイロットが発狂したのか、羽根を損傷した銀蠅《ぎんばえ》のような不規則な挙動で飛ぶ軍用ヘリが、こちらの方へ接近してくる。赤ん坊が世界に向けて泣きわめいて撒き散らす飛沫みたいに無邪気な弾丸が俺の足元の土台となる部分をひしゃげさせ、あっけなく飛散させる。

横転を始める大型トラクターの上で、俺はハッキリと死の抱擁を感じた。

もはや助かる方が不自然な状況だ。

だが、不条理な事に俺は生きた。この世界の法則の一部が、まるで俺を生かす事をルールの1つとして組み込んでいるかのようにあり得ない偶然が重なって。

自分の吐く息さえまがい物のような気がした。この胸のなかの心臓の鼓動さえヤラセのニセモノのような。

いかがわしい、ニセモノの世界。ニセモノの戦争。ニセモノの死。

俺は複雑にいりくんだ人工物の谷底で横たわってる。見上げた先にあるのは果てしなく聳《そび》える立体交差のハイウェイ。

思わず、吹き出してしまう。この高さから落ちて死なない、だって?数百メートルの高さから叩きつけられて?

俺は、一見、固いアスファルトに見える路面に思いっきり拳を叩きつけてみた。拳の骨が砕け、手首の複雑な骨構造の中に腕の骨が埋没するぐらいの滅茶苦茶なフルスイングで。

一瞬だけ、アスファルトの地面が半透明に透き通る柔らかく弾力のある物体に変質した。

いくら力を加えても衝撃を逃してしまう得体の知れない物質。

拳を引いたときには、アスファルトは元の固い地面に戻っている。

やっぱりだ・・・・・・俺はこの世界に、生かされているんだ。

ここは、まだ、俺の部屋の中だ。

タチノワルイ熱病ニ脊髄ヲ犯サレテルヨウナ悪寒ガ皮膚ヲハイマワル。

アタマノ中デ言葉ガ意味ヲ失ッテイク。

オレハ弾幕ノ中ヲ走ッタ。

下層街《スラム》 弾丸 行キ交ウ

爆発 白ク尾ヲ引イテ 着弾 ろけっとらんちゃ

銃撃戦ニ勤《いそ》シム主婦 学生 女、子供

即頭部に弾丸が命中して、頭が急にクリアになった。頭骨を撃ち抜かれ、地面に打ち倒されるはずが、弾丸は俺のこめかみで水滴となって弾けとんだ。手で濡れたこめかみを触ってみると、指についたのは気色の悪い鉛色の液体だった。

周囲の路上には、同じような属性の弾丸で射殺された遺体がいくつも転がっている。

世界から、あからさまに逆差別を受けている。それが、こんなにも気持ち悪い事だとは。

俺のこめかみに流れ弾をあてた男がライフルを手にしたまま固まっている。例の驚愕に染まった顔。

俺は、最も激しく市街戦が展開されている地点へ走った。

ちょうど、俺がその地点へ到達した瞬間、空間を染める爆発が起こった。が、爆風は俺の身体の周囲でねじ曲がり、熱波は瞬間的に常温の微風に変化した。

空間を四方八方から切り刻んでいた弾丸の通り道が俺を中心にしてグネグネと曲がりくねる。

俺を避けて通った凶弾は俺以外のものを殺し、破壊して、運動エネルギーがゼロに帰るまで荒れ狂った。

世界から除《の》け者された男。無敵の人間とは、世界から除外された人間の事なのだ。

不意に、最激戦区に無人の北極みたいな静寂が訪れた。

戦場の真ん中に突っ立つ俺を認めて、全員が硬直してしまった。驚愕に染まった顔、顔、顔。もう、それがすべての人間の真顔なんじゃないかと思えてくるほど見慣れた表情。

「・・・・・・お前ら」

目を丸くして、しわぶき1つ立てずに俺を見つめる戦闘員たち。

「俺の家の中で勝手に戦争はじめてんじゃねえぞ!?ゴラァ!」

その瞬間、すべてが静止した。

上空を行き交う戦闘機はその場で浮いたまま止まり、装甲騎兵たちの唸るような駆動音も消え去る。

放たれた直後の滞空砲も、航跡を青空に刻んだまま星座のようにその場に固まる。

やっぱり、ここは俺の家だったんだ。自分で言っておいて、深い失望感に胸が沈んでいくのが分かった。

静止していた戦場がゆるゆると動き出し、悪戯を見つかった幼稚園児のような態度で連中は戦争の後片付けを始めた。

担架で運び出される死体を眺めながら、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。人の家の中で、なに殺し合いしてくれてんだ、おい。

思わずそばにあった石ころを蹴り上げると、色々な場所に跳ね返った石ころは最終的に担架で運ばれる死体の手に命中した。

「イテッ!」

心臓が月まで飛び出すかと思った。担架の上に横たわる死体が声を上げたのだ。

担架を運ぶ二人の兵士と俺と、横たわる死体役の間で微妙な空気が流れる。いや、気を失ってただけの場合もあるよな?そう思い直したのも束の間。

ひぃやぁあああああああ。そんなすっ頓狂な悲鳴があちこちで上がって、担架の上で横たわる死体たちが身体を起こして逃げ出した。担架を持っていた兵士たちも、それをかなぐり捨てるようにして走り出す。

おい、待て、お前ら。

さっきまで激しいドンパチを繰り広げてた軍隊が、俺一人のためにすべてを投げ出して敗走していく。重火器や、人型白兵戦用ロボットなどすべてを捨て置いて。

世界全体から、除け者にされイジメられてるような感覚。

戦火に荒廃した下層都市の中に、俺は一人ぽつんと取り残された。

□□

部屋の中で見つけた、二つ目の海が目の前にあらわれている。

戦場に乗り捨てられていた人型機動ロボットに乗り込み、苦労して自動歩行モードに切り換えて、ただただ前進を続けた。三日目の朝だった。コックピットの内部は携帯保存食の包装が散乱して、引きこもりの汚部屋へつながる初期兆候が現れ出している。

リアス式海岸に侵入して、凸凹の磯をがたがたと巨体を揺らしながら乗り越えて、海の中に突入しようとしていく人型機動ロボット。慌ててコックピットから脱出する。

自動歩行モードに切り替えたは良いが、戻し方が分からなくなっていたのだ。

雲丹《うに》や尖った貝を踏んづけながら、なんとか海から岩場へ這い上がる。

真円に開いたコックピット内部に塩水を音たてて飲み込みながら、人型機動ロボットは海底に向けて歩み続けた。

洗濯物みたいに、切り開かれた烏賊の身が干されている。海岸線に足跡の形に水滴を滲ませながら歩いた。

潮風に晒されて錆びれ果てた看板が立っている。コンクリートに差し込まれた金属棒の根元から陰毛のように雑草が生えていて、蟻が忙しなく出入りしてる。

『東リビング海』

何か、本当の地名みたいに思えてきた。

テトラポットの表面を、異様な速さで這い回るフナムシ。干からびてアスファルトにこびりついているミミズ。小さな、女の子物のピンクの靴が片方だけ道の端に落ちている。幼かった頃に仲良かった近所の女の子があんな靴を履いていた気がする。だが、よくは思い出せない。

後ろから、小言を言う中年女性の声が聴こえてきた。振り返ると家族四人が、不自然なほどの大荷物を抱えて歩いている。小太りの妻が、気弱そうな痩せた夫に小言を言い続けていた。背中に背負った大荷物の重量に押し潰されそうになりながら歩く夫。顔中が汗まみれだ。

夜逃げだな、まるで。家財道具すべてを持ち出したかのような荷物の多さ。

彼らは振り向いている俺に気づいて、一瞬ぎょっとした表情を見せた。だが、他の連中のように逃げ出す事もなく、少し恥ずかしそうに微笑して軽くお辞儀をしてくる。俺は、彼らに好感を持った。

一番下の小さな弟が両手に荷物を抱えたまま、くしゃみをしそうになっている。そこを、ひとまわり年長の姉が慌てて弟の口を手でふさいだ。くしゃみを我慢して、ごっくんと飲み干す男の子。安堵して手を離した小学校高学年くらいの姉。その瞬間、くしゃみの衝動がきゅうに再燃したのか弟はくしゅっとくしゃみを漏らした。

ひどく怯えた表情で俺の顔色をうかがう姉。

俺は、思わず吹き出してしまっていた。なんて可愛らしい気遣いだろうか。俺は、そんなにこの家の暴君に見えているのか?

ほら、もう船が出ちまうよ、このウスノロの唐変木、あんたの稼ぎで替えの船代が出ると思ってるのかね?年収が吹き飛ぶよ、バカだね、何か考えてるような顔だけしてて本当は何も考えてないんだからね。この思慮深そうな横顔に騙されちまったんだよね、小娘時代のあたしゃぁ、本当にバカだったね、こんな稼ぎの無い能無しの唐変木になるとあのときに見抜けていればねぇ。

小太りの妻の小言は淀みなくどこまでも続いていく。目玉の代わりに腐った猿の睾丸でも入れてるような無気力な目付きで妻の小言を受け続ける夫。

そのとき、地を揺るがす凄まじい衝撃を感じた。空が、引き裂かれていく。地上から天に向かって伸びる光。

かたわらで中年女性が物凄い悲鳴をあげた。爆音をあげて天に向かっていく非行物体に負けないぐらいの声量だった。

船が出ちまったじゃないかよう!この甲斐性なしのウスノロ!

叫びながら夫の横面を思いっきり殴っている。重そうな拳だ。

地上から伸びた光の矢は、ぐんぐんと高く伸びていった。星と、見分けのつかないような高さに。

もう飛び立ってしまっているのに、走れば追いつけるかのように空を追いかけていく家族の後ろ姿。

その後ろ姿を見ながら、ふと気づいた。あの、星と同じ高さまで翔んでいったロケットに乗ってどこかに行けば、さすがにそこはもう家の外なんじゃないか。いくらなんでも大空の先に飛び出してしまえば、そこはもう家の外だろう。

言うなれば、屋根の上から家を飛び出る作戦。

実体である本体が空のむこう側に消えていっても、白い航跡はいつまでも歪《いびつ》に曲がった形に空を二分し続けていた。

遠ざかる家族の背中を見つめながら、俺も純白の航跡の目元を目指して歩き始めた。

『リビングストーン星間交通センター』

その看板を見たとき、異常に低次元な親父ギャグとかダジャレのネーミングなのだと気づくのにしばらくかかった。

吹き抜けが数十メートルもありそうなガラス張りの待ち合いロビー。外は、すべてを夏の色に染めてしまう容赦ない陽射しが照っているのに、ガラス張りの建物内はそれほど明るくも暑くもない。ソファーに並んで座って、汗を拭いているさっきの家族連れ。

洞窟の内部のようなひんやりした空気の中を進んだ。受付に座る女性を驚かせないように、慎重にゆっくりと近づく。

「あ、どうぞ」

こちらが戸惑うくらい気さくな調子で受付にいる女性は言った。

「星間移動がご希望ですよね?もうすべての手筈《てはず》は整えてありますので、くつろいでお待ちになってください」

拍子抜けするぐらい穏やかな対応。爽やかな笑顔。すべて見透かされている不気味さを忘れて、俺はその受付嬢の笑顔に気持ちをほぐされてしまった。

俺が、部屋から出ようとしている。その事実をこの世界全体が認識して受け入れ始めているのかも知れない。なんだか、そう感じさせるほど受付嬢の表情は柔らかかった。若くて可愛らしい女の子の笑顔は偉大だ。

真夏の太陽光を、何かまるっきり別のまろやかな光に変えてしまっている不思議なガラス繊維の前に座った。ソファは、どことなく懐かしい感触がした。真ん中の少し左側に開いた小さな穴に激しい既視感を覚えた。だが、それが本当の自分の思い出から来るものなのか、脳の錯誤から来る見覚えなのか判別がつかない。

奇妙なガラス越しに見える、果てしなく広いロケット発射場。

遥かな先まで目を凝らしてみるけど、地平線のかなたに滲《にじ》む風景のどこにも発射を待つ次のロケットの姿は見えない。

これから運ばれてくるんだろうか?それにしても、機体を納めておく格納庫のような建物がどこにも見当たらないのはどうしてだ。

ぼんやりと外の風景を見ていた。季節も場所も違うどこかから、真夏の太陽が照りつける発射場を眺めてるような奇妙な感覚のなかで。

あれ、と、心の表面を撫でる掌《たなごころ》に違和感が触れた。

真っ平らに、どこまでも滑らかだった発射場のごく一部が、こんもりと僅《わず》かに盛り上がっているのだ。

心の中に膨れ上がる違和感より、ずっと緩《ゆる》やかなスローペースで、路面はゆっくりと盛り上がり続けた。

やがて突き出たそれは、巨大な突起物だった。中央の辺りで、ある種の海の生き物みたいに太さを変えながら、先端を酔っ払いの頭部みたいに静かに揺らめかせている。

それが、とっくに恐ろしい大きさになってる事に気付いたのは、このガラス張りの大きな建物がその突起物に見下ろされる格好になったときだ。路面から不意に生え出た、この突起はなんなんだ。その柔らかそうな物体は揺らめきながら少しづつ太さやフォルムを調節していった。単色で、真珠みたいに鈍い白だった体表にも少しづつ色がついていく。

10分後、その突起物はどこからどう見てもロケットにしか見えない姿を整えていた。地面から生え出て姿を変えてゆくその一部始終を目撃していなかったら、誰も普通のロケットだと疑わなかったろう。

あれに、乗れと言うのか?背筋がゾクゾクと冷える。

この、建物そのものもアレと同じ成り立ちなんじゃないか?とその瞬間に気付いた。

急に、建物内のひんやりした空気が生物的な生臭さを帯びていくような気がした。

フロア内にイスラム圏のコーランみたいにざらついたアナウンスが流れ始めて、まばらに座っていた乗客たちが移動を始める。

あれに、乗るつもりなのか?正気か?

さっきの家族づれもいた。小さな弟がつぶらな瞳でこちらを見ている。小さな湖面みたいな澄んだ瞳が、笑みの形にふにゃりと崩れた。その瞳に誘われた、というわけじゃないが、俺はなんとなく彼ら家族と離れがたくなってその背中を追う。だいじょうぶなのか、あんな得体の知れないものに乗って。

サンダーバードとかウルトラQとかレトロな特撮ドラマに出てきそうな宇宙船。普通に空を飛べそうな航空機型の胴体部分が縦になって空を向いている。これをスペースシャトルと呼ぶべきなのか宇宙船と呼ぶべきなのか俺にはよく分かっていない。

そもそも、あれが本当にスペースシャトルなのかも。実物を知らないのだ。それっぽいイメージを具現化しただけの、全くのまがい物じゃないとどうやって証明できる?

子供の陽気な笑い声を聴きながら乗り込む宇宙船などあるとは思わなかった。家族の和気あいあいとは談笑が聴こえてくる。俺は座席に座りこんでがたがたと震えていた。なんでこんな事になった。俺は何をしている?

ただ、自分の部屋から出てみたい、そう思っただけなのに。なぜ宇宙にまで出る必要があるんだ?英語でもない異国の言葉で、訳の分からないアナウンスが入る。

宇宙服すら着ていない。着のみ着のまま。部屋から出たときと同じ引きこもりスタイルの服装だ。こんな軽装のまま乗れる宇宙船などあるのか?

アナウンスに不意に笑い声が混じる。今まで笑いの発作に耐えて演技していたのに、遂に我慢がならなくなって吹き出した。そんな声で。

イヒヒヒヒ、と精神の箍《たが》が外れたみたいな笑い声の合間にぶぶぶぶっぶぶ、と子供がよくやる唇を震わせる音が混じった。

異様な巻き舌で、延々と連ねられる異国の言語。乗客の誰も、俺以外は誰も違和感を感じていないのがまた不自然だった。

カウントダウンが始まる。モノクロの古いアメリカ映画に出てくるような、野太い男のおちゃらけた声でカウントダウンが進む。

スリー、と男の声が告げた瞬間、ものすごいGがかかって顔面が真っ平らに押し潰される心地がした。顔の表面から下が白熱する轟音で溶けたかのようだった。

よく分からないユーモアのセンス。ゲラゲラと笑い転げる男の声が遠く聴こえる。カウントダウンの途中で騙して発進する。それのどこが面白いんだ?平べったくなった意識の中で毒づく。

とはいえ、これで俺は目的を果たせる。この星の外は、そこはもう家の外のはずなのだから。

「アカン、入射角度まちがえてもうた」

その瞬間、上空のスピーカーからそんな声が聴こえてきた。

それが、パイロットの漏らしたつぶやきなのだ、と気付いた瞬間。自分のいる空間が歪んでねじ曲がった。心象風景とか、そんな抽象的なものじゃない。自分の肉体を置いている空間がぐしゃりとひしゃげて潰れたのだ。

スペースシャトルは、空に突き刺さっていた。空と思えた場所には空によく似せてある天蓋《てんがい》が存在したのだ。

惑星規模の天蓋《ドーム》。この機体はそこに突っ込んで、めり込んでしまっていた。

□□

空の裏側。

卵の殻の、外側にあたる部分。

ひしゃげて潰れたスペースシャトルから救出された俺たちが引き上げられた場所はそこだった。

空の一部がひび割れて、穴が開いている。太陽光によく似た明るい光に満たされた内側《なか》の世界と違って、ここは舞台裏に似た、暗く雑然とした雰囲気だった。ホコリっぽくて、足を踏み鳴らせば、ゴワーンと妙な反響が足裏に還ってくる。

宇宙空間、ではない。薄暗く湿った場所というだけで、ここには空気が存在する。とてつもなく広大な屋根裏部屋にいるかのようだ。

あれだけの大惨事なのに、死傷者が出ていない。その事に違和感も感じなくなっていた。そもそも、俺たちの誰が生きていて誰がそうじゃないのか、本当のところは最初っから分からない。

ズボンの、太股のあたりの記事を引っ張られる感触がして目を落とす。

白髪の小さな少女がこちらを見上げている。薄く水のはった磯のそこにへばりついた海の生き物みたいに小さな手。そこに生命が宿っている事が奇跡みたいに思えるちっこい手が俺の身体の一部にそっと触れている。

安いポルノ映像のイメージがその小さな手に被さりそうになって、光よりも速いスピードでそのイメージを打ち消す。

死者の列のように整然と、俺たちは歩いた。暗い舞台裏の世界を。

俺たちは階段で、この天蓋裏の世界のさらに上空を目指そうとしている。天蓋裏からただひとつだけ伸びた螺旋状の階段は、果てが見えない途方も無い高さだった。

あれだけ騒々しかった家族づれたちも、今はうつむき加減でしずしずと階段を昇っている。

階段は、光源のない暗闇のなかを伸びているように思えた。だが、ことのほかそこは明るい。自分の足は夕暮れときくらいの光量でぼんやりと浮かび上がっていたし、ときおり内側の壁に自分の影が濃く浮かび上がるほど強い光が差す瞬間がある。

思わず光源を探して首を振ってみるが、それは星が急激に近づいてきている、としか思えない現象だった。

いつの間にか、螺旋階段の周りの暗黒の空間には数え切れないほどの星が浮かんでいたのだ。

宇宙空間に、よく似たまがい物の暗黒空間。

そこに浮かぶ星たちもまた薄っぺらな偽物《ペーパームーン》だった。

一度、ぼんやりと弱々しい光を放つ小さな星が螺旋階段のそばを回り始めた。夜の団地群くらいの、ほんのささやかな光しか放たないその星はそばに寄ってきた瞬間にまじまじと観察する事ができた。

5、6メートルくらいのサイズのその光る球体には、よく見れば目鼻があった。

螺旋階段のすぐ横に静止したその星の表面に刻まれた深い皺は、人間の顔にしか見えない表情らしきものがある。

その星は、今、目をつぶっていた。深く、自分の身体の中で荒れ狂う痛みに耐えるように苦悩の表情で目をつぶった星。

唇にあたる部分が、うごめいている。星は螺旋階段を昇る俺たちの目の前で静止して、何事かつぶやき続けているのだ。

「あなたもポチ

わたしもポチ

みんなポチ ポチ イエスタデイ」

そんな意味不明の言葉が、星の口から聴こえてくる。

「安売り

建て売り

身持ち売り」

あるいは、聴こえてきた音を俺が勝手に脳内で日本語に変換しているだけで、

「れごん

らごん

るごん」


それは全く未知の、異邦人の言語だったのかも知れない。

顔を持つ惑星は一通り何事かをつぶやくと満足するのか、やがて螺旋階段の周りから離れていく。今まで薄ぼんやりしていた光は去る頃になると恒星のような物凄い輝きを取り戻している。そうして、またしばらくすると別の星が螺旋階段のそばに寄ってくるのだ。薄ぼんやりとした光の中に冴えない表情を沈めて。

その果てしなく長い螺旋階段がこの世界の最果てではなく、ご近所の別の星に通じているだけなのだと分かったときの失望は大きかった。

確かに、螺旋階段を昇っている途中、何回かスペースシャトルがそばを追い抜いていく光景と遭遇してはいた。

ここはただの定期路線の航路上でしかなかったのだ。

思い返すだけで眩暈《めまい》がするほどの長い長い道程《みちのり》と、着いた場所への失望感に心がぶっ壊れそうだった。

『第2リビング星』

馬鹿馬鹿しいほど巨大な文字で、その惑星の外殻《ドーム》表面にそう表示されていた。

螺旋階段を昇り続ける事に疲れ果ててしまっていた俺は、その惑星でいったん休憩する事にした。

砂漠。

アマゾンに似た熱帯雨林。

氷に閉ざされた極寒世界。

その惑星の中に存在するあらゆる風景が自分の家の中に点在ガジェットに過ぎなかった。

当たり前だろう。この惑星そのものが俺の家のリビングの一部に過ぎないのだから。

その惑星に住むあらゆる生き物、住民たちもまた例外無く俺の家の居候に過ぎない。

だから彼らは俺の顔を見ると例のあの表情を浮かべる。後ろめたそうな、いやったらしい顔だ。

どこまで行こうと、無限に俺の家は続いている。宇宙の果てまで行っても、まだそこは俺の家の中なのだ。そんなオチは容易に想像ができた。

諦めて、自分の家の中で一生過ごし続けるという選択肢もあったろう。俺の家の中には文字通り何でも存在する。宇宙そのものが俺の家の中に収まってるのだ。

だが、それでも俺は諦められなかった。

俺は、自分の家から出て、自らの足で外の世界に踏み出してみたかった。この世界《イエ》の外側に飛び出して、引きこもり生活にピリオドを打ちたかったのだ。

これは、この世界の創造者である父親《クソジジイ》と俺の戦いでもあった。

□□

この旅は想像を絶していた。いくらなんでも、これほど長い旅になるとは考えてもいなかった。自分の皺だらけになった手。杖がなければ立たなくなった足腰。女の生ける宝石のようにまばゆい裸体を見てもまるきり踊らなくなった胸。宇宙線に曝され続けた事だけに原因を求める訳にはいかないだろう。すべてが俺の人生が終わりに近い事を物語っている。

旅を始めたとき、まだ俺は若い男だった。青い春から抜けきれてない、ふやけた若者に過ぎなかった。

どれだけの年月、俺は自分の家の外に出るために歩き続けてきたのか。もう思い出せない。ただただ、途方も無い旅路だった。

いくつもの宇宙を踏破した。幾億もの作り物の宇宙を。作り物とはいえ、本物の宇宙とまるで変わらない広さを持った宇宙を。

時空も、次元の壁すらも超えて進んだ。

俺の家は、時空も次元すらも超越してすべての場所に横たわっていた。

もはや、この世のありとあらゆる空間の全てに俺の家の表札がかかっているとしか思えない。

もはや、乗り越えていない壁はたひとつだけ。死の壁ひとつだけだった。

自殺。その選択肢は俺の中に無かった。この家の中から逃れられずに自殺したとあれば、それは俺の敗北を意味する。

たとえ死の壁の向こう側に逃げられたとしても、それでは親父の世界から脱却して自立した事にはならないのだ。

命の続く限り、家の外を目指して前進し続けた。本物の世界にほんの少し似ているだけの偽物世界を通過し続けた。もはや、創造者である父親も狂気にとりつかれているのか世界の歪さは最近、加速度的に増している。

ピカソのキュビズムみたいにデッサンの狂った景色の中に、ときおり家族が揃っていた時代の懐かしい断片が現れたりした。

親子で満開の桜を見ながら歩いた河川敷とか。近所にあった小さなスーパーとか。

昔の、懐かしい風景だけはやけに精巧で、作り込まれている。ぐずぐずに歪んで、デッサンの狂った最新の風景との対比は痛々しいほどだった。

精神か肉体か、あるいはその両方に異常を来している。この家《セカイ》の創造者は死にかけているのかも知れない。

なんとか、この世界《イエ》の創造者が生きて存在するうちに、この世界の外へ到達したかった。だが、その焦燥感からペースを乱してしまった俺は、老いた自分の肉体を過度に酷使してしまった。

ある日、内側から世界が引き裂けるような感覚と共に倒れた。周囲の世界が変容して、瞬時に医療救護ポッドが形成され、目と鼻の先に最先端の大学病院都市が創生される。何十年も前から存在したものとしての偉容を備えて。

だが、この世界の絶対的な依怙贔屓《えこひいき》も虚しく、俺の魂の入れ物は限界に到達している。

朽ちた肉体のどこにも、もはや俺の精神意識体を入れておけるスペースは無かった。

世界が、家が、この世の全てが慟哭《どうこく》して、激しい唸り声をあげている。

俺は、唸るように泣くこの世界を感じながら、この世界と別れを告げる事になった。

□□

暗闇に差す光の筋。真っ黒い内臓を切り開く医療用のメスのように、光が闇の中で口を広げていく。暗黒の無意識層から白っぽい自意識が摘出され、どこかに投げ出された。

長い長い航路を辿ってきた。肉体という入れ物から抜け出て、トンネルに入った。そこから始まった航路のあまりの長さに、俺は現世で生きていた頃の事を忘れかけてしまっている。

この長い長い航路が、生きている人と死んでしまった人とを分ける隔壁なのだろうか?それは、ただひたすら無情な途方も無い距離の隔たりなのだ。

夢の中にしか存在し得ない美しい風景がそこには広がっている。

どこにも不愉快な点など存在しない、頭の中で描いたときにしか存在しない理想の場所。

・・・・・・天国?

黄金の光に満ちた草原。俺は立ち上がる。身体中を蝕んでいた老いの痛みが綺麗さっぱり消えている。子供時代の感覚で、身体を持つ事ができる。老いさらばえた金持ちが何十億払ってでも取り戻したいと願うあの感覚だ。

虹色に輝く蝶が視界を不規則に舞う。

裸足で草原にたたずむ人間がいた。そのすらりと伸びた肢体には男のたくましさと女のしなやかさが同居していた。女装の男の気色悪さと男装の女のひ弱さ、その部分だけを残らず取り除いた肉体。男の美しさと女の美しさの両方を完璧に調和させたような人物だった。

素足で地面を踏んでいるはずなのに、土ぼこ1つ付いた印象もない。足の爪の一本一本まで完全な清潔感を帯びていた。

長い間、たたずむ人に見惚れていた。

人の形をした影が草原に染みを落とした。

男でも女でも一目惚れするような美しい人の頬を影が差して、俺は不快感が胸に染み込むのを感じている。

美しい人のかたわらに、しなやかな筋肉が躍動して舞い降りてきた。筋繊維の一本一本まで伝説的な名匠が丹念に織り上げたような肉体美。光り輝くような筋肉をした男が空からふわりと舞い降りてきたのだ。この男も、草原にたたずんでいた美しい人と、どこか似通った印象だった。

だが、それ以上に印象的だったのは、その背中に生えた荘厳な白い翼。その翼を巧みに羽ばたかせていたから、男はふわりと舞い降りる事が出来たのだ。

『ルシウス』

空から舞い降りてきた男は、たたずむ中性的な男をそう呼んだ。

──天使だ。それも、とびっきり位の高い。

ていうことは、俺は死んでしまったのか。そして、天の国に渡った。

たたずんでいた美しい人にも、小さく畳んでいるだけで翼があるのが見えた。

天国。二人の天使。

俺は結局、死ぬ事によってしか家を出る事が出来なかったのか・・・・・・。脱力感で、その場にへたり込みそうになった。

そのとき、二人の天使が俺に気づいて同時に振り返った。

その表情がみるみるうちに驚愕に歪んでいく。

俺の胸を、ゆっくりと日没のように絶望感が覆っていく。

天使二人は、例のいやったらしい居候《いそうろう》の表情を満面に浮かべていた。










この記事が参加している募集

#私のイチオシ

51,129件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?