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子どもの悪口に勝った話。

いろんな子どもたちと多くの時間を過ごしていれば、ほっこりするような穏やかでなごやかな時間だけではない。


それは全学年合同の運動会練習のときだった。

校内のどの先生も名前を知っている、所謂有名人のりょうくん(仮名)が、並んでいる列から出ている。

普段なら、多少集団から離脱しているくらいなら、離れてちょっと様子を見守っておく。

しかし今、彼より下の学年の子どもたちもその場にいる中で、他の人の迷惑になるような勝手なことをしている。
そしてどこで見つけたのか、振り回すと危険そうな長い枝も手にしている。

近くにいた2人の先生と、
(…行きますか。)
(…行きましょう。)
溜め息を溶かした、無言のアイコンタクト。


まずは先陣、ベテランの山田先生(仮名)がゆく。
りょうくんに近付き、声をかける。

ババア!!こっち来んな!!」

おおっと、虫の居どころが悪いようだ。
いや、通常運転の彼なりの威嚇行動かもしれない。
ベテラン先生は、やり取りを試みるが、彼は牙を剥く一方である。


次に若手の男の先生である、佐藤先生(仮名)が立ち向かう。
振り回している枝を取り上げようとする。抵抗する。取ろうとする。


「クサイんじゃああああ。」

りょうくんは、大声で吐き捨てる。

気温も高いし、佐藤先生は体格が良くて、新陳代謝も活発そうだし、汗もたくさんかいているだろう。
普通のパーソナルスペースでは気にならなくても、至近距離だと多少汗の臭いもするのかもしれない。

しばらく2人は押し問答する。
しかし、りょう君の顔は険しくなる一方。

次はわたしか…。

先陣を切った二人同様、その子の担任をしたこともないし、普段のその子との関わりも多くはない。
なので、彼との信頼関係も築かれていないし、わたしが何か言ったところで、彼がすっと指示を聞くとは思えない。


だがしかし、近くにいる以上スルーするわけにはいかず、関わりにいかねば…。

さて、わたしには、「ババア」来るか?

齢30を超えたが、まだ誰にもそう言われたことはないし、わたし自身自分のことをババアだと認識するには、ちと早い。

呼ぶなら、お姉さんとお呼び……?

それともわたしも「クサイ」だろうか?

わたしだって汗もかいているし、
「クサイ」が来てもおかしくはない。

うーん、でもクサイも面と向かって言われると嫌だな〜。

なんて思いながら、声をかけにいく。



さあ、「ババア」か「クサイ」かどっちだ……!!

……


「うっさいねん、厚化粧!!」

…な、なんですと……?!
あ、厚化粧ーーー?!わたしがーー?!


気持ち、のけぞった。


わたしは普段、仕事の時のメイクは、休日に比べてシンプルである。
アイラインも引かないし、マスカラもしない。アイシャドウも控えめ。

別にオンとオフでメイクを分けているとかの理由ではない。単に出勤前、時間がないから顔面塗装工程が省かれるだけである。

時間との勝負。
チャラッチャッチャッ♪
チャラッチャッチャッ♪

キューピー3分間クッキングならぬ、キューピー3分間メイキング。 
刮目せよ、この早技を…!

しかも勤務時間中、懇談や参観などがない限り、特に化粧直しもしないので、朝に施したメイクは落ちてゆく一方である。

厚化粧よりもナチュラルという方が相応しいではないか…!

しかしそう思っているのは自分だけで、実はわたし、メイクが濃いのだろうか。
時間がなくて、逆にファンデーションを雑に厚塗りし過ぎたのだろうか。
それともアイシャドウがはみ出して、主張し過ぎているのだろうか。

子どもに咄嗟に浴びせられた言葉なんて、気にする必要は無いと思いつつも、休憩時間にお手洗いで自分の顔を鏡で確認してしまった。

…うん、いつも通り。


翌朝、あのりょうくんとばったり廊下で出会ったので、
「おはよう!」と声をかける。
そうするとこっちをちらりと一瞥して、こう言ってくるではないか。

「厚化粧。」

はあああ、まだ言うか〜〜!?

昨日言われたとき、わたしは一瞬ひるんだ顔をしていて、彼はそれを見逃さなかったのかもしれない。本当に子どもは、大人の表情をよく見ている。
まったく、これだから勘のいい子は……。

しかしここで負けてはいられない。

心に子どもの言葉の矢がささって、しゅんと傷つくほどわたしは若くはなく、既に慣れという名の鎧をまとっているのだ。

反撃、開始……!!


「ちょ、聞いて。わたしはBBクリームちょっと薄く塗ってファンデーション軽く塗っただけやし、今コンシーラーもアイラインもマスカラもしてないねん。
何ならキューピー3分間メイキングやから、これは厚化粧とは言えへんねん!!」

と一気にまくし立てる。


「…知らんわ。」

まぁ、最もである。
目の前の先生のメイク事情など、彼にとってどうでもいいことこの上ないだろう。


しかしわたしは厚化粧ではないという見解を伝えられていささかスッキリしたので、
「じゃあそういうことで〜。」
と言って自分の教室へ向かった。


さあ、次会ったときにまた言ってくるだろうか?

彼の姿を見かけるたび、ちょっと警戒する。学校内で会うたびに言われると、別に傷つくまではいかないものも、気分の良いものではない。



しかしそれ以来、彼は私に向かって
「厚化粧。」
と言ってくる事はなかった。

……勝った!!!!!



まぁ単に、わたしが彼にとってめんどくさい奴認定されただけなのかもしれないけれど。笑

#エッセイ #学校の先生


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