果たされた役割

初級にあがって1か月もしたころ、初心者クラスからずっと一緒にやってきた女の子のうち一人が休みがちになって、とうとう何週間も姿を見せなくなってしまった。積極的に私を誘ってくれた子だった。もう一人の女の子とその子は元々友達だから、片方が退会するなら、一緒に退会する、と言った。
私は近所に住んでるけど、その二人はちょっと遠方から電車を乗り換えて来ていたみたいで、確かに朝早くからだから仕方がないけど、結構辛かった。ちょうど高校生の時、同じような状況があったことを思い出した。私が1年生の修了のタイミングで自分の都合で転校することになって、入学してからずっと仲のいい女の子二人を置いて離れるようなシチュエーションだった。それこそ、デザイナーとして生きていく覚悟を持ったが故の転校だった。今はその時とは逆の立場で、私が二人から置いていかれる状況。高校生の時、あの二人は今の私と同じ気持ちだったのかな。でもこの二人がいたおかげで、今の私がいるとも思えた。今回のスクールでも、この二人がいてくれなかったら、彼の担当するクラスを選ばなかったかもしれない。
人生の重要な分岐点で、タイミングは違えど、同じシチュエーションが繰り返される運命なのかと悟ったような気がした。この頃はそんな過去を思い出して悲しくなって泣いた日もあった。

片方の女の子から、今月末で退会すると聞かされたレッスンの終わり。駅まで二人で一緒に帰って、じゃあまたねと別れた。残された私は結構辛くて、悲しい気持ちを誰かと共有したかった。
中西コーチ、この時間は休憩なんじゃないの、そう思って駅からちょっと離れた所にいて、来るか分からないけれど彼を待ち伏せしてみた。そして本当に彼が通りがかり、急いで追いかけて話しかけた。
「中西コーチ、」
え?なんか呼ばれた?と言わんばかりに彼は45度だけ顔を回して、それから真後ろを向いた。なんで?というような驚いた顔をしていたけどすぐ柔らかい顔になって私を見てくれた。それを見て、嬉しいという感情が流れ込んだ。
それでも上手く話せなくて、もごもごしながら、「彼女が退会することを知っていたんですか」というようなことを訊いた。彼は眉を下げて寂しそうな顔になって「僕の実力が足りなかったからですよ」なんて言っていた。変なことを訊いてしまったと思った。否定もできないまま、そのまま逃げるように軽く挨拶だけして足早にその場を去った。私はくるりと踵を翻しながら、肩を落とす彼がこちらを見つめているのを視界の端で感じていた。

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