#にじワク 1冊で800字の二次創作小説ができるワークブック 前編

タイトルそのままですが、最終的に800字程度の二次創作小説を書くことを目的にしたワークブックです。 二次創作小説と言っていますが主に女性向けジャンルの作法に則っているのでその旨ご了承ください。

有料版と無料版がありますが、有料版にはコラムが二本おまけでついているだけでワークの量に変わりはありません。 コンビニコピー機の小冊子印刷を利用してB5冊子の形にした方が楽しみやすいかもしれません。

無断転載、自作発言、商用利用、再配布は禁止していますが、ワークの内容のアップロードは大歓迎です。引用の範囲内でスクリーンショットをアップロードするのも問題ありません。よければ #にじワク をつけていただけると助かります。

無料なので、ワークブックのワーク以外の中身を公開します。

※長いので前編後編にわけています。


0.はじめに


 はじめまして。主に女性向けBLジャンルで二次創作活動を小説でなんやかんや二十年近くやっているオタクです。他にも文学賞に応募したり、塾で作文の先生をしたりしていました。いろいろあって文学賞に応募する前の小説を読んでアドバイスをする下読みの下読みみたいなこともやっていました。
 このワークブックでは小説が書きたいという人、その中でも特に「推しカプ」に萌えてなんとか形にしたいと願っているオタクに向けて、これまでの経験から得たハウツーを実践形式で綴っていきます。半分自分の為の備忘録ですがよければご活用ください。
 なぜ、ワークブック形式なのかというと、実際に手を動かさないとハウツーだけ聞いても人は行動しないからです。すみません。主語が大きかったです。私自身があらゆるハウツー本を買っては流し読みをして行動に移せずにいるからです。私みたいなズボラ人間は案外多いのではないかと考えこの形式にしてみました。ちなみに、本書は有料版と無料版があるのですが、有料版は主に創作に関するコラムが付属しているだけで、ワークの演習量としては特に違いはありません。
 第1章では小説がどのように構成されているかと二次創作小説の特徴についてお話します。第2章では実際に小説を書く上で身に着けておくと便利なスキルを学習していきます。第3章ではどのようにして書きたいことを整理してアウトプットしていくのかを実践していきます。第1章は解説がほとんどで第2章から本格的にワークが始まります。まどろっこしいことはいいから早く実践したいという方は第2章から始めてください。
 ワークを進めていけば最終的に八百字程度の小説が出来上がるようになっています。恋愛、友情など関係性は問いませんが「推しカプ」がいることを前提にした設計になっているので、ワークブックを進める前に書きたい二人を思い浮かべながら付属の準備シートの《二人について》を埋めてみましょう。

 ワークの内容は私が女性向けジャンルのBL二次創作で活動しているのもあり、その作法に寄ったものになっております。ですので、文中に「二次創作小説」と繰り返し出てきますが厳密には「女性向けジャンルの二次創作BL小説」を指しています。その文脈を知らない方や興味の無い方にとってはあまりお役に立てないかもしれません。その旨、ご了承ください。
 また、このワークブックではストーリー性を重視していません。「なんかいい感じに雰囲気のある小説」の書き方しか載っていないので、ストーリーがきちんとあるいわゆるエンタメ小説を書きたい人には向いていません。プロットの話とか一切しないです。そういう作品を書きたい方はハリウッド映画の脚本術とか三幕構成の本とかを読んだ方がいいです。
 なぜ、プロットやエンタメの技法の話をしないかというと、自分が純文学寄りの作風というのもありますが、エンタメ小説はどうしても整合性が求められる上に長くなってしまいがちだからです。それらを考えながら書くのは小説を全く書いたことのない人にとってはとても骨が折れる作業だと思います。まずは八百字。まずはなんかいい感じの雰囲気。これをモットーに始めていきましょう。
 始めていきましょう、なんて偉そうに言っていますが所詮はインターネットに落ちている得体のしれない素人(テストやテキストを作成する仕事をしていたとはいえ)の浅知恵なので、鵜呑みにはしすぎずにおせっかいオタクの独り言として聞くぐらいに留めておいてもらえると嬉しいです。学生の方は学校で習うことを第一に考えてください。 

 ※あまり男女二元論的な話は好ましくないのですが便宜上使用する場合があります。

1.小説ってなんだっけ?

1-1.小説ってなにでできてる?

 小説を評価する基準はいくつかありますが、その一つに「読みやすさ」があると思います。これは場合によっては「おもしろさ」よりも重要な指標になりますし、読書量や触れてきたコンテンツの数やセンスが絶対的に関わってくる「おもしろさ」に比べると個人で伸ばしやすいスキルでもあります。世の中には読みにくいけどなぜか魅力的な文章もたくさんありますが、まずは読みやすい文章を書くことを心がけてみましょう。
 そのためには小説が何でできているのかを知ることが大事です。絵がうまくなりたいという人がデッサンを練習するのと同じように、構造を理解した上で自分がしたい表現を考えてみましょう。

 小説は大きく分けると
  ・説明(読者に共有すべき情報)
  ・描写(キャラクターの行動、感情や情景)
  ・台詞(キャラクターの発言、独白も含む)

 の三つで成り立っています。
 例えば右のような文章があるとします。

 私はバイト先の花屋に向かって自転車を漕いだ。花屋は大きな通りを渡ってすぐのバス停のそばにある。明日から新年度が始まる。先輩と同じ学校の生徒でいられるのは今日で最後だ。
 春の日差しが辺りを明るい光で染めている。その店の看板が近づくたびに私の心臓はうるさいくらいに高鳴った。
「お疲れ様です!」
 
 この文章では「私はバイト先の花屋に向かって自転車を漕いだ。花屋は大きな通りを渡ってすぐのバス停の傍にある。明日から新年度が始まる。先輩と同じ学校の生徒でいられるのは今日で最後だ。」が「説明」です。誰がどこでいつ何をしているかなど、5W1Hで表現できる部分になります。
 次に「春の日差しが辺りを明るい光で染めている。その店の看板が近づくたびに私の心臓はうるさいくらいに高鳴った。」が「描写」です。描写は「私は悲しくなった」など直接キャラクターの感情を表現している場合もあれば、「雨が止んで虹が出てきた(悲しい→晴れやか)」など情景とリンクさせて感情を表現する場合もあります。
 最後に「お疲れ様です!」が「台詞」になります。かぎかっこで括られているのでこれが一番わかりやすいですが、一人称視点(→第2章)地の文では独白が挿入されていたりするので必ずしもついているとは限りません。
 もちろん、全ての文がきれいに分類されるわけではありません。例えばキャラクターの行動についての文は説明と描写を兼ねている場合が多いです。ですが、これらのカテゴリと役割があるということを念頭においておけば自分が何を書いているのかわからなくなった時(小説を書いていると本当によくこうなります)の指針になります。

 職業柄、小説を書いたことのない人が書いた小説を読む機会が多かったのですが、読みづらいなと思う小説に最も多いのが「説明」と「描写」の不足、そして過剰な「台詞」でした。
 「説明」が不足すると独りよがりな文章になってしまいます。物語を一人で考えているとついつい伝えた気になってしまうのですが、読者は作者の頭を覗くことはできません。ちょっと書きすぎかもぐらいの量でちょうどいいです。また、「描写」が不足してしまうと単調で起伏の無い文章になってしまいます。報告書など形式の定まった文書ではそれでいいのですが、こちらも「説明」同様にやり過ぎかもと思うくらい書いてみましょう。「台詞」は慣れないうちは声に出して読んでみるとわかりやすいです。三回ほど読んでテンポがもたつくと思った台詞は容赦なく消してみてください。

1-2.二次創作小説と文字数

 次は、二次創作といわゆるオリジナルの違いについて考えていきましょう。二つの最も大きな違いは読者に物語が共有されているか否かです。オリジナル作品が自分で一から作った舞台(設定・世界観)と人形(キャラクター)を使って上演する人形劇だとすれば、二次創作は借り物の舞台と人形で上演する人形劇だと言えるでしょう。読者は見知った舞台で人形が動いているのを見て、作者と一緒に楽しむことができるのです。
 ですから、二次創作では設定やキャラクターを掘り下げなくても物語を展開していくことができます。「○○パロ」と呼ばれる物語形式が広く受け入れられるのもこの下地があるからに他なりません。そして、この共有された情報の有無は二次創作を作る上でも大きく影響します。まず、オリジナルと比べると先ほど述べた「説明」、「描写」が少なくて済みます。しつこいぐらいに書いた方がいいと述べましたが、設定やキャラクターなどすでに提示されている情報に関しては最低限で問題ないのです。

 二次創作を好む多くの人が利用しているSNS「pixiv」で公開されている女性向け二次創作BL小説(※)を基に文字数の中央値を計算してみましたが、ジャンルによって差はありますがおおよそ五千から七千文字程度でした。
 はっきりとした規格が決まっているわけではないですが、出版社を通じて流通している短編小説の分量はおおよそ原稿用紙十枚から百枚以下ぐらいです。文字数に直すと原稿用紙一枚に三百字書いてあるとして三千字から三万字程度なので、あえて分類すると、二次創作小説は商業的な短編小説の中でもより短めな部類に入ると言えます。短くても「説明」と「描写」が少なくて済むので物語として成立しているのです。「説明」の多寡は純文学小説の文学賞とエンタメ小説の文学賞の規定枚数にも関わっています。エンタメ小説の方がより「説明」を要するので応募の際の規定枚数が多くなっているのです。
 なぜこのような一見すると創作に関係なさそうな話をするのかというと、小説を書く上でどれくらいの分量でどれくらいの情報を伝えられるかを理解しておけば、話を組み立てやすくなるからです。ある程度、小説を書き慣れてからいざ即売会デビューとなった時もこれがわかっていればスケジュールの見通しも立てやすくなります。
 昔、いろいろあって自分よりは小説を書き慣れていない人たちから創作についての相談を受けていましたが、そういう人ほど長大で壮大な物語を少ない文字数で短時間で書くことを構想しては書ききれずに挫折していました。何世代にも渡る、銀英伝もビックリなスペースオペラが原稿用紙百枚で果たして収まるでしょうか。収まりません。攻と受が出会って別れてまた出会って家族との確執を解決してセックスしてハッピーエンド。一週間で書ける枚数に収まるでしょうか。かなり厳しいです。
 初めて小説を書くという人は、まずは八百字を目安にしてみましょう。八百字は先ほどの計算でいくと約原稿用紙三枚分です。この長さはおおよそ新聞の連載小説一回分の長さになります。おそらく、ストーリーの全容はわからないが、どのような場面なのかを読者に理解させるのに最低限必要な長さなのでしょう。このワークブックの最終課題が八百字程度の小説を書くことなのも以上の理由からです。

※2024年7月2日閲覧。赤ブーブー通信社主催の大型イベントで複数回オンリーイベントが開催されているジャンルのBL作品に絞り、新刊のサンプルや再録を除いた日本語で書かれた小説作品をランダムに30作品選び中央値を算出した。

1-3.『吾輩は猫である』と「やおい」

 ティーンの方はご存じないかもしれませんが、昔、BL二次創作(には限りませんが)は「やおい」と呼ばれていました。これは「山(山場)なし、オチなし、意味なし」の頭文字を取ったもので、ストーリー性に乏しいが雰囲気はある二次創作作品(当時はパロディ作品と呼称)を揶揄したり自虐したりする意味で用いられていました。本当は由来も使われ方ももっと複雑な歴史があるのですが、話が大いに逸れてしまうのでここでは割愛します。
 いろんな人に怒られそうですが、私は純文学とやおいは「ストーリーを重視しない」という点では似たようなものだと思っています。「ストーリーを重視しない」はここでは「作者の好きなところだけ書きました!」と言い換えてもいいかもしれません。これはエンタメ小説のルールからは逸脱した書き方です。エンタメ、もといエンターテインメントは見世物という意味ですからきちんと筋道を立てて幕引きがなされることを求められます。エンタメ小説と純文学小説を過剰に二項対立的なものとして語るのもどうかとは思いますが、一方で少なくとも山場もオチも意味もないやおいはエンタメには分類されにくいのではとも思っています。
 先ほども述べましたがストーリー性は乏しくても、なんだかそれっぽい雰囲気の八百字程度の作品を五つ書けば四千字になって世に出ている短編小説ぐらいの長さにはなります。
 分量は異なりますが、あの夏目漱石の『吾輩は猫である』がまさにこの形式です。読んだことがある方はわかると思いますが、あの作品はストーリーというものはほとんどありません。ずっと猫が人を観察しながら近所をうろついているだけ。そんな話が十一編続いています。現代のオタク風に言うなら「『ホトトギス』にアップしてた猫の短編をまとめました」です。でもめちゃくちゃ面白い。
 漱石先生にはなれないかもしれませんが、まずは八百字。地道に書いていきましょう。


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