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今週の読書「生まれてこないほうが良かったのか」「自分の薬をつくる」

 私は通信制の大学でいくつか授業を取っている。ゴールデンウィーク明けから、中間課題、という中間テスト的な期間に突入している。Webテスト形式のものはなんとか終わって、あとはレポート2本を残すのみ。ちゃんと出せるかな。レポートの書き方なんてもうすっかり忘れている。
 Webテストの時に教科書を改めてじっくりと読んでみたけれど、分かり易いし、面白い。昔は一切しなかったけれど、近頃記憶力がイマイチなせいか、付箋をはったり、線を引いたりすることが増えた。
 読書でもそうだ。後から改めて読んでみて、あの時はここが重要だと思ったのだな、と思うと、こそばゆかったりもするし、なぜ?と思うけれど、それを味わうのも再読の一つの楽しみかもしれない。

 相変わらず散漫な読書をしている。進んでいるような、そうでないような。

「生まれてこないほうが良かったのか」
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480017154/

 インド哲学が終わり、仏教も読み終え、今、ニーチェのところを読んでいる。ニーチェが生を肯定している、と思って読んだことがなかったので、とても新鮮で面白い。
 待望の仏教のところは興味深かった。輪廻は常々、生まれることの否定、すなわち反出生主義の考えが根底にあるのだろうか、と不思議に思っていた。あらゆる執着・欲望、生きることからも解放されることを目指すのが仏教なのかなと。

涅槃の境地とは、もっと生き続けたいと思わないとともに、もう死んでしまいたいとも思わないような境地なのだ。生きることへの欲望や執着を断滅するとは、このようなことである。
涅槃とは、静けさに満ちた、大いなる安らぎである。そして涅槃から見えてくる世界は愛すべきものであり、楽しい。世界に対するこのような全肯定の境地が、涅槃の中心的な意味だと考えられるのである。

「楽しい」という言葉が出てくるのが意外だ。
私の疑問への解としては、これかなと。この発想の転換はなかった。

生まれてこないことを目指しつつも、それを目指せる世界に生まれたことを肯定できるという立ち位置をとったことで、ブッタの哲学はきわめて特異なもの

誕生否定であると同時に、それを肯定する。涅槃に達する可能性のある生を受けて良かった、と。目から鱗だった。


 「自分の薬をつくる」
https://www.shobunsha.co.jp/?p=5798

 坂口恭平さんの本だ。立て続けに画集やら、本が出ている。坂口さんからしてみれはそれらは生きるのに必要な日々の動作みたいなものだ、というのがすごい。インプットした分、アウトプットもしていかないと、閉塞してしまう、というのも納得する。
 自分を医者に見立てて、答えていくのも面白い。加点日記をつけましょう。頭の中の情景を文字にして詩を作ろう、などなど。外に出して、客観的にみる、他者を入れる、苦しみやつらさを自分の物語として、沈殿させない、ということだろうか。

やりたくないことをやらない。

 経験上これが一番効く。前の休職の時に坂口さんの書いたものに出会い、色々と読んだりしていた。当時はnoteで色々書かれていたので、それを読んでいた。当時はあまりうまく咀嚼できなかったけれど、今回は、うまくやりたくないことをやらない、ができている気がする。
 嫌なことにかぎらず、できなくなるから休まなくてはならないのだけど。最初からスッキリできるわけではなく、よろよろと嫌なこと(家事など)をやらない(できないもあるが)、そしてそれを責めないを実行し始めた。このやらない自分をダメだと思わない、が個人的にはハードルが高かった。およそ1ヶ月経った最近からうまくできてきた気がする。そしてやりたい事でも、無理をしない、というのも重要だと思う。

ほとんど声にならないはずのことを、一人でずっと考えてきたことが、実はそこに集まるみんなも心のどこかでが考えていて、でもそれは外に声として出すべき言葉ではなかったと思っていたものが、声となって、それをみんなで聞けば、なーんだ、そんなことだったのかとホッと安心するのではないでしょうか。

 坂口さんも落ち込み方に個性がないとか、相談者も他の人の相談を聞いていたら解決しました、と言っていたり。意外と、これは人には言えないな、自分だけだと思うことほど実はみんなが思っていることなのかもしれないな、と。気軽に助けを求めること、身動きが取れなくなる前に、とも思う。
 病気になって良かったことは、これが少しづつ言えるようになったことかもしれない(でも結果またお休みになったが)。私の場合、周りが病気と知っているから、というのも大きいけれど、ちゃんと言語化できなくても、「すいません、そろそろヤバい感じです」と言うと、周りが助けてくれた。病気でなくとも、みなが言い合えるといいな、と。

 坂口さん自体が天才すぎなので、こんなことできないよ、と思うことも多いけれど、適当でいいし、アウトプットに高いハードルを設けなくて良い、とにかく手を動かすことだ、という。今後はこれを心にとめて。

多彩に多様に中途半端に(笑)、充実してみましょう。

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