見出し画像

「密やかな結晶」

 最近少し動きすぎてはないか、と危惧していたのだが、ここに来てしっかり胃腸炎になり、休まざるを得なくなってしまった。身体がそろそろ休めと言っているのかもしれない。

 小川洋子さんの「密やかな結晶」を読んだ。図書館で案外早く回ってきて、いっきに読んだ。

 この本は25年以上前に書かれたそうなのだけど、全く知らなかった。「文学は予言する」を読んで読もうと思い立ったけれど、そんなに前書かれていたとは。
 かなり引き込まれて、途中休憩を入れながらではあるけど、ほぼ一気に読んだ。

 個人的な感想ですが、小川洋子さんの作品は、小声でひそひそ話をしているような、そんな気持ちがしてしまう文体で、こちらも耳をそばだててその繊細なお話を聞き漏らすまい、とするかのようにグッと引き込まれる感じがする。
 久しぶりに小川洋子さんの本を読んだけれど(多分17年ぶりとか)、この人の作品はやっぱり好きかもしれない、と思った。最後に読んだのは「薬指の標本」だと思う。

 あらすじは引用します。

その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。

 消えていくものは、なくても大丈夫だけれど、少し心に潤いをもたらすようなものが最初は消えていっている気がして、少しずつ自由を奪われていくような感覚を覚える。少しずつ心がなくなっていくというか。
 そこから少しずつ生活に必要なものが消え始める感じで。消えることにならされていく人々と、それに抗う人(記憶が消えない人々)という構図が見える。抗うといってもそんなに大きなことではなく、忘れないということだけなのだが。
 その抗う人たちを記憶狩りが捕まえていく、ということなのだけど、ものすごく比喩的というか、ディストピア小説として読むと、なかなかゾッとします。
 ものすごく不穏な社会の中でもささやかに一生懸命生きる主人公とおじいさん、消えていくものを愛して、主人公たちにもその心を失わせないように奮闘する匿われているR氏との生活が描かれていて、なんとなく戦時下の生活のような緊張感がありつつも、なんとも描写も美しくて、不思議な世界観です。
 図書館で借りてきたものの、買ってしまおうかな、と思いました。とてもよかったです。時々読み返したい。手のひらにそっと置いて時々見つめたい、みたいなそんな作品でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?